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康楽のソボロちゃんぽん(長崎県長崎市)|柳家喬太郎の旅メシ道中記
当代一の落語家・柳家喬太郎師匠。お声がかかれば全国あちこち、笑いを届けに出かけます。旅の合間の楽しみは、こころに沁みる土地の味。大好きなあのメシ、もう一度食べたいあのメシ、今日もどこかで旅のメシ──。この連載「旅メシ道中記」では、喬太郎師匠の旅メシをご紹介します。
長崎市は思案橋近くの中国料理店・康楽。ここ8年ほど、新春に長崎で仕事があり、高座の後の楽しみが康楽での打ち上げなんです。
餃子に海老チリ、もやし炒め、皿うどんも最高なんだけど、康楽は何といってもちゃんぽん。豚骨スープのちゃんぽんが圧倒的に多い中で、鶏ガラのみでとった優しいスープが、さんざん呑んだ後の胃袋に沁みるのですわ。でも優しいだけじゃなくって、コク深くてふくよかなうま味もある。最後の一滴まで飲み干したくなる、他にはないちゃんぽんのスープです。
いつもお世話になってる女将の俞友美子さんに、通常のちゃんぽんより具の種類が多い「ソボロちゃんぽん」を勧められたので食べてみたら、これもまた秀逸でした。ソボロっていうとひき肉が入ってるみたいだけど、そうじゃなくって、長崎の言葉でソボロ=具沢山、つまり特上の意味合いなんだそうです。ちゃんぽんには欠かせないピンク色の片半ぺんにイカや豚肉、キャベツ、玉ねぎ、もやしなんかの野菜もたっぷりで栄養満点。野菜もシャキシャキとして火の入れ方も絶妙です。あっ、たどり着くのが遅くなったけど、麺もすっげーうまいんだよ!
「ちゃんぽんで一番大事なのは麺です。麺に唐灰汁*1 が入っていること。独特の風味があって、煮込むとツルツルモチモチの食感になります。唐灰汁麺でなければ、長崎の味とは言えません」と、嫁ぐ前から康楽のちゃんぽんのファンだったという女将さんが、長崎のちゃんぽんとは何たるかをたっぷり教えてくれました。
「うちの場合は、少しラードを引いた鍋で具材を炒めて、そこに鶏ガラでとった清湯*2 を加えます。スープが白濁したところで、唐灰汁麺を入れて煮込む。清湯と具材のうま味、唐灰汁麺の風味が渾然一体となることでちゃんぽんが完成します。ちゃんぽんは煮込み料理なんです!」と女将さん。みんな間違っても「麺バリカタで」なんて注文しちゃいけないぞ!
康楽は、新春の旅でご一緒していた小三治*3 師匠のお気に入りでもありました。小三治師匠はよく「聞いていて思わずクスクスと笑ってしまうのが落語の笑いだ」とおっしゃってましたが、今思えば、芸も人も味も、媚びないものがお好きだったような気がします。
妥協せず、媚びず、淡々として唯一無二。康楽のちゃんぽんも、国宝級のおいしさです。(談)
談=柳家喬太郎 イラストレーション=大崎𠮷之
*1 炭酸ナトリウムと炭酸カリウムを合わせたかん水の一種。製造には許可が必要で、現在、唐灰汁麺を作る製麺所は長崎県内でもわずか
*2 動物性の出汁の中でも濁りのない透明なスープのこと。中華料理のベースとなる
*3 柳家小三治[1939-2021]。落語家として3人目の人間国宝
【中国料理 康楽】
長崎市内屈指の繁華街・思案橋横丁にある中国料理店。創業は1948(昭和23)年。初代はちゃんぽんのルーツがあるといわれる中国・福建省の出身で、現在は3代目の俞稔秀〈ユ ジンシュウ〉さんと女将の友美子さんが暖簾を守る。「ちゃんぽんにコショウをたっぷりかけて食べるのもおすすめ!」と女将さん。
☎095-821-0373
[所]長崎市本石灰町2-18
[時]18時~22時
[休]月曜
[料]ソボロちゃんぽん1,500円
【師匠プロフィール】
柳家喬太郎(やなぎや・きょうたろう)
落語家。1963年、東京都世田谷区生まれ。大学卒業後、書店勤務を経て89年に柳家さん喬に入門。2000年真打昇進。「初めて行ったのは20年以上前。地元の主催の方が教えてくれたんですが当時からちゃんぽんの虜でした」
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出典:ひととき2025年1月号
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