四季折々の味わいが楽しめる老舗「川口屋」の魅力|〔特集〕名古屋──あんこの王国
畑さんが初めて名古屋のあんこと出合ったのは、中区錦3丁目、名古屋の繁華街にある「川口屋」だった。創業は、元禄年間。かの「忠臣蔵」の討ち入りがあった時代である。老舗らしい風情ののれんをくぐって、店内に入ると、陳列棚には優しい色合いの季節の上生菓子が並ぶ。
「川口屋さんは、椿餅が有名ですが、春なら桜のお菓子一点だけでなく、咲き始めから満開、水面に浮かぶ花まで、時期によって変化する桜を違う形のお菓子にする。季節の表現が豊かで芸術的です。こんなにあんこの種類があることにも驚きました。特にシソ入りのきんとんは、ここだけだと思います」(畑さん)
15代目の女将、渡辺和嘉恵さんによると、こしあん、つぶあんの他、秋は栗あん、冬は黒糖あん、梅あん、柚子あんを使うこともある。主に夏場に使われるシソ入りきんとんを考案したのは先代で、練り薯蕷(蒸すと純白になる伊勢芋を使った生地)の独特の風味を消さないようにと工夫したオリジナルきんとんだ。
季節を映し出す上生菓子は2週間ごとに入れ替わる。秋は9月9日の重陽の節句にちなんだ菊がテーマのお菓子や、名古屋では「栗粉」という栗きんとんが定番だ。地元の人に長く親しまれ、時に和菓子についての相談も受けるという。
「たとえば何かおわびのために持参するお菓子をお探しの方には、粉が落ちるものや、切る手間がいるものはお薦めしません。お菓子が人づきあいに役立ったり、手にした方にほっとしていただけたりするのはうれしいですね」(渡辺さん)
【 秋の主菓子3種類 】
千代見草(右上)
「千代見草」とは菊の別称。黄色い練り薯蕷のきんとんに、中はシソ入りの道明寺。きんとんの芯に道明寺を用いるのは、川口屋流
着せ綿(左上)
9月9日の「重陽の節句」を代表する上生菓子。菊に真綿を載せ、香りと朝露が移ったその真綿で身体を清め、無病息災を祈る古来の風習を表している。中はこしあん
光琳菊(下)
江戸時代の画家、尾形光琳が描いたシンプルな菊を意匠とした、しゃれたお菓子。伊勢芋を使った薯蕷生地で、中はつぶあん
案内人=畑主税
文=ペリー荻野
写真=佐々木実佳
企画編集=久保恵子
──この続きは本誌でお読みになれます。日本全国、1000軒を超える和菓子屋さんを食べ歩く“伝説の和菓子バイヤー”畑主税さん。尾張徳川家のお膝元として茶の湯文化の伝統が育まれてきた名古屋の歴史を紐解きつつ、畑さんが太鼓判を押す、名古屋のとっておきの美味しいあんこ、和菓子店をご案内します。名古屋のあんこのもう一つの王道、豪華な「モーニング」で知られる喫茶店にも訪れ、名古屋の人が喫茶店とあんこを愛するわけに迫ります。
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出典=ひととき2024年9月号