【静岡市立芹沢銈介美術館】林家たい平さんと楽しむ駿河和染
「やあ、今日は富士山がめちゃめちゃきれいだね」と林家たい平さん。
目指す芹沢銈介美術館は、登呂公園内にある。教科書にも載っていた高床式倉庫の先に、くっきり富士が姿を現していた。
たい平さんが、芹沢銈介の存在を知ったのは武蔵野美術大学3年生の時。落語家になることを決めていたたい平さん、落語家必須の手ぬぐいが世間から忘れられつつある状態を危惧し、手ぬぐいのよさをポスターで表現したいと先生に相談した。
「そしたら、『芹沢銈介*という人がいるから見てみなさい』と言われて、図書館へ行って衝撃を受けました」
手ぬぐいをテーマにした卒業制作は、布に型染。藍で染めて、見事「研究室賞」を受賞した。「これが型染の初体験。とても面白かった」。以来、型染が大好きなたい平さんだ。芹沢銈介美術館ヘは何度も訪れている。
型染は、模様を彫った型紙を布に置き防染糊をヘラで付着させ、糊のない部分に色挿しをする技法。いわば間接的な模様染だ。型ゆえ反復が可能で、同じ模様がいくつも染められる。
型染と落語の共通項
展示中の《いろは文二曲屏風》の前で足を止めると、「この文字を見ると、デザイナーだということがしみじみ分かる。みんなが知っている文字をこういう風にアレンジできる。芹沢銈介はデザイナーだと、僕はずっと思っているんです」
この染め抜き文字は、ほかの〝いろは〟文字より、がっちりした意匠だ。
「量感があるよね。でも田舎くささがなくて軽やかでしょう」とたい平さん。
日本の文字のもつ味わい深さが伝わる芹沢の文字絵だが、この四十七文字は酒脱で気っ風のよさまで感じられる。
「お弟子さんの話では、下絵を描くけど型を小刀で彫るときは勢いに任せて、大方は下絵の線通りには彫らないというんです。生きた線、生命力が生まれる。芹沢銈介は、そこに型染のもつデザインの美を見出したんじゃないかな。模様によっては切り取ると型が成立しない場合もあるんだけど、それもデザインの面白さに変えたんです」
型染は古くからの技法だが、制約こそ新たな創造へ大きく跳躍するばねになったのだ。その上、直線的だがエッジが立つ鋭さはなく、布の温かさと染めの優しさが滲む。
「作者も意図しない美しさが、そこに生まれてくるということだよね」
ところで型と制約は、落語にも通じますか?
「そう、おんなじですよ。落語にも型があるし、例えば座布団に座って喋るという制約がある。そこからどうオリジナリティーを出していくか。まさに型染と似ています」
紅雲石が貼られた奥の展示室では、店舗用のれんの展示中だった。たい平さんの足が2枚の竹葉亭*ののれんから動かない。1枚は、漢字で書いて竹をあしらったのれん。もう1枚は踊るように軽やかに「ちくよう」。
「平仮名の方が可愛らしいよね」
「先生は頼まれると次から次へとアイデアが湧いて、店舗用マッチや品書きなどでも試作の型彫りを、いくつも手がけられました」と学芸員の山田優里さん。
「求められる喜びもあったんでしょうね。求められ使われることが用の美の原点だったと思う。『平仮名でお願いします』なんて注文されなくても、喜びを感じながら考えたんじゃないかな? ほら、頭が潜るところだけわざと空けている。つい気軽にのれんを潜りたい気分になっちゃうよね」
いかにも。〝のれんを潜ればおいしい物が待っているよ〟とのれんが囁いている。明らかに染めの藍が少し褪せているところもある。
「何万人もの人が潜って、少しずつ積み重なって生まれた風合い。芹沢さん、ひょっとして使い込んだ風情まで考えていたのかな。これ、僕、初めて見ました。いいですね」
感じ入るたい平さんだ。「よく見て。どこにも、芹沢のセの字も書いてない。それも凄い。僕が芹沢さんから教えてもらったところです。『俺の落語』って主張するんじゃなくて、日常の一日、笑いたいと思う時に身近にある落語。それが大切なんだと学びました」
芹沢と地元職人の交わり
静岡で生まれ育った芹沢は、39歳(1934年)まで、この地で制作や図案指導を続けた。土地柄ゆえ、染色、木工、竹、漆などの職人が多く、地元の紺屋から染色の手ほどきを受けたこともあった。型紙の糸掛けなど紺屋の工人たちの助力について書いた一文もあり、職人たちと親しく交わっていたことが想像できる。
ここ静岡市には、「駿河和染」と呼ぶ伝統工芸がある。天性のデザイン感覚と審美眼をもち、型絵染の人間国宝として大きな足跡を残した芹沢銈介。偉大な先達をもつこの地の染師たちは、どんな仕事をしているのだろう。染色にお目が高いたい平さんと、彼らのいまを訪ねてみよう。
旅人=林家たい平 文=片柳草生 写真=阿部吉泰
──この続きは本誌でお読みになれます。江戸時代から地元で受け継がれてきた技法を駆使しつつさまざまな技法が用いられる駿河和染。ミラノのデザイナーともコラボしたろうけつ染や茶葉を用いた「お茶染め」、芹沢銈介と所縁の深い老舗の型染など、静岡市内にある工房を巡り、「駿河和染のいま」を見つめます。ぜひお楽しみください。
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出典:ひととき2023年4月号