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日本の精緻とイタリアのエレガンスが融合したオーダーメードスーツ【サルトリア カヴート】

今日も日本のあちこちで、職人が丹精込めた逸品が生まれている。これは、そんな世界がうらやむジャパンクオリティーと出会いたくててくてく出かける、こだわりの小旅行。さてさて、今回はどちらの町の、どんな工場に出かけよう!(ひととき2022年5月号 「メイドインニッポン漫遊録」より)

 芸術の都、イタリアのフィレンツェに、服好きがいつかはスーツを仕立ててみたいと憧れるサルト(イタリア語で仕立屋を意味する)の名門がある。「リヴェラーノ&リヴェラーノ」という店で、オーナーのアントニオ・リヴェラーノさんは11歳で修業を始めて1940年代にフィレンツェでアトリエを創業したイタリアのサルト界の重鎮。フィレンツェスタイルと呼ばれる彼の仕立てるスーツは、芸術的な曲線を描くエレガントなシルエットと軽く柔らかな着心地で、多くの著名人を顧客に持つ。

 リヴェラーノ&リヴェラーノが知られるようになったのは、1990年代後半~2000年代前半のクラシコイタリアブームの時だ。ファッション誌ではクラシックなイタリアのスーツスタイルを「クラシコイタリア」と称して、イタリアの手縫いによる高額なスーツのブランドやサルトが紹介され、シャツやタイから靴まで着こなしが解説された。

 時代は変わり、いま新世代テーラーと呼ばれる日本人のサルトが注目されている。石川県のなな市にアトリエを構える「サルトリア カヴート」のかぶと祐輔ゆうすけさんもその1人だ。リヴェラーノ&リヴェラーノで修業した彼が仕立てるスーツは1着数十万もして出来上がりまで1年以上待つにもかかわらず、世界中の服好きからのオーダーが引きも切らない。そこで今回は、サルトリア カヴートを訪ねて七尾市を旅してきました。

目を引くのがラペル(下衿)から裾にかけて流れるようなラインを描くエレガントなシルエット。前身頃にダーツ(*1)がなく、巧みなアイロンワークで仕上げている。胸元の右肩上がりのバルカポケット(*2)はフィレンツェだけでなくナポリのスーツも好きな甲さんの遊び心。ティアドロップ型のボタンホールとともにサルトリア カヴートの証しだ。スーツ50万円~、ジャケット38万円~、コート65万円~(納期は1年~)

*1 スーツやジャケットを身体にフィットさせるための縫い込み。通常はこのダーツでウエストのラインを調整してシルエットを形成する
*2 ナポリスタイルの代表的なディテール。バルカは小舟の意

 サルトリア カヴートは、懐かしい昭和の町並みが残る通りの一角にある。築130年の元旅館をリノベーションしたアトリエは、インテリア雑誌から抜け出したような和モダンの趣だ。

年に数回、東京や大阪での受注会に出向くほかは七尾で黙々と作業に没頭する甲さん

 風情ある黒塗りの引き戸を開けると、「お待ちしていました」とスーツ姿の甲さんと奥様の祥子さんが迎えてくれた。祥子しょうこさんはグッチの工房で修業をしたバッグデザイナーで、お2人はフィレンツェで出会った。いやはやなんともお洒落すぎて、ここは能登半島じゃなくてイタリア半島? と錯覚してしまう。

甲さんご夫妻

「いえいえ、ここは私が生まれ育った七尾です(笑)。お昼は行きつけの美味しいお寿司屋さんにご案内します」

 今年で41歳になる甲さん。実家は七尾市で大きなスポーツ用品店を営んでいる。ファッションに目覚めたのは高校生の頃。金沢に遠征しては流行はやりの服を買い求めていた。卒業後は地方の若者にありがちな「東京に行きたい」という思いで、新宿の服飾専門学校に進学する。

「将来は漠然とファッションデザイナーになりたいと思ってはいましたが、雑誌に出ているセレクトショップを見てまわる、そんな毎日を送っていました」

 18歳で上京して、モラトリアムな学生生活を過ごしていた甲さんにガツンと衝撃を与えたのが、ある日ふらりと入ったインポートの古着ショップで見つけたクラシコイタリアのスーツだ。

「私の世代はファッションといえば古着かモード系*でしたから。初めて仕立てのいいイタリアの手縫いのスーツに触れて、まだ見ぬ高級な服の世界があるのだと知り、クラシコイタリアを特集している雑誌を読みあさりました」

*ハイブランドがシーズンごとに打ちだす最新のトレンドを取り入れたファッション

気さくな甲さん

 いつしか思いは本場に行くという決心に変わり、2003年5月、学校を卒業した甲さんは22歳で単身イタリアに旅立つ。語学学校があることと、治安の面から選んだのはフィレンツェだった。

 つてもなく知り合いもいないイタリアに日本から来た若者は、午前中は語学学校に行って午後はマップ片手に街のお店を巡る日々。人生の転機は、渡伊して1カ月半ほど経って訪れた。甲さんは以前から気になっていたフィレンツェの名店に初めて足を踏み入れる。その店の名は、リヴェラーノ&リヴェラーノ。

「日本の雑誌で名前を知っていただけなのですが、あとさきも考えずにダメ元で思わずリヴェラーノにここで見習いとして雇ってもらえませんかと、覚えたてのイタリア語で言っていました」

 リヴェラーノさんから「厳しいけど続けられるのか」と覚悟を問われた甲さん。拙いイタリア語で答える日本人の若者の熱い思いが伝わり、見事採用が決定した。それからは、語学学校を終えた午後は毎日アトリエに通ってサルトの技術を学んだ。甲さんに一から技術を教えたのは、リヴェラーノさんの右腕の名サルト、フランチェスコ・グイーダさんだ。

「フランチェスコの教えは最初から実践でした。でも、最後まで厳しいと思ったことはありません。というのも、日本人の修業のイメージではないんですね。これができたら次はこれと、次から次に新しいことをやらせてもらえる。だから覚えるのも早い。どんどん進んでいって、めちゃめちゃ楽しかったです」

フランチェスコさんから最初に教え込まれたのはサルトの基本の“キ”指抜きの使い方だ

 7年が経ち、顧客を任されるまでになった甲さん。2012年に独立してサルトリア カヴートを創業。2015年にフィレンツェでできた家族と帰国して、故郷の七尾にアトリエを構える。

針と糸をモチーフにしたタグには伊語で「フィレンツェで開かれたサルト」という一文
2階にある祥子さんの仕事場。ブランド名はカヴート(cavuto)を逆から読んだ「オートゥヴァック」

「若い頃なら東京を考えたでしょうが、古い町並みが残るフィレンツェで暮らして故郷の良さが改めてわかりました。子育てにもいい環境です。受注もSNSを通してなので仕事に影響はありません」

 甲さんの仕立てるスーツは、お客さんの体形を丁寧に採寸して型紙を作り、生地の裁断、2度の仮縫いを経て完成する正真正銘のオーダーメード。ボタンホールなど細部も手縫いで仕上げている。そのため値が張り納期もかかるが、日本の精緻とイタリアのエレガンスとが融合した唯一無二の着心地は、もうフィレンツェスタイルならぬ七尾スタイルなのだ。

完成を待つスーツやジャケット

いであつし=文 阿部吉泰=写真
*次回の「メイドインニッポン漫遊録」は2022年7月号に掲載の予定です

いであつし(コラムニスト)
1961年、静岡県生まれ。コピーライター、「ポパイ」編集部を経て、コラムニストに。共著に『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)など。

サルトリア カヴート
石川県七尾市木町19-1
cavutosartoria@gmail.com
Instagram https://instagram.com/cavutosartoria

出典:ひととき2022年5月号

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