福岡のほっこりやさしい出会い|おむすび、ぶらり旅
おむすび、と、おにぎり。
おむすびと呼ぶのは、どちらかといえば西の方が多いと何かで読んだ。
福岡で電車に揺られながらなぜそんなことを考えていたかというと、まさにおにぎりがテーマの本を作っているところだったからだ。
文学フリマという文学系の同人誌即売会に参加し数年、はじめて東京以外で参加しようと、イベント前日に福岡に到着した。食べものをテーマにして制作しているZINE『mg.』は、すっかりわたしの生活の一部だ。学生時代の友人6人と作っていて、わたしは編集長、ということになっている。
その日は観光として、まず太宰府へ行くことを決めていた。西鉄大牟田線にゆられながら、そういえば昼はどこで食べようかとぼんやりスマホを触る。
頭の中は、おにぎり、おにぎり、おにぎり……。
『mg.』の制作中は、ずっとテーマの食べものが脳内を侵食している。
二日市で西鉄太宰府線に乗り換え、座席に腰を下ろして電車の発車を待つ。流石に太宰府近辺にはちょうど良い店はないかな、と思っていたらまさかの、現在地のすぐそばにあるではないか。「間もなく発車します」のアナウンスが流れるさなか電車を飛び出し、予定になかった駅で改札を出る。駅から数分歩いた先にあったのが『おむすび・ぎゅっぎゅ』さんだった。
まずもって名前が良い。これを入らずしてどうする。中に入ると、2歳くらいの女の子とお母さんの二人連れが食事をしていた。カフェのような、きれいな店内だった。
テーブルに置かれたメニューによると、おむすびセットでは、おむすびをふたつ選べる。せっかく福岡なので明太子を使ったものにしようと、期間限定の明太青山椒と、対照的な選択をしたいと、鶏そぼろをオーダー。ご夫婦でやっているお店のようで、ゆったりした時間が流れる。
座った席からは、ちょうどおむすびを握るところが見えたので、じっとながめる。型にごはんをしずかにのせていく。しゃもじでそろりそろりと、ごはんをいたわるような動きが、なんてやさしいのだろう。半分ずつ型にいれて、具を挟んでひとつにし、最後は手でふんわりとにぎる。その所作に、うっとりとすらしてしまう。
最後にちいさなお弁当箱におむすびをおさめ、仕切った隣に数種類のおかずが並ぶ。そこにお味噌汁という完璧な布陣が構築されて、テーブルへ運ばれてくる。お弁当箱というのがまたたまらないではないか。
先客の親子は、ちょうどお会計をしていた。女の子は口の端にお弁当をつけながら、レジでお会計をする母親そっちのけで席に戻ってお冷を取ろうとする。店員さんとお母さんであわあわしながら、お水を飲ませる。
かわいいねえ、とほっこりしながらおむすびを口に運ぶ。青山椒がびり、と舌を刺激し、爽快な香りが鼻腔を抜けていく。やさしいごはんとむすばれた、青山椒と明太子のおいしさは、まさに大人の味だ。
なんたる僥倖か! ひとりで笑ってしまいそうになるのを、ぐっと堪える。
三角の頂点に具材があるおむすびは味がしょっぱすぎて苦手だと思っていたけれど、ごはんと具のバランスが良いので愚考だったと思い知る。そもそも具材自体がとてもおいしいので、たくさん食べられる嬉しさが勝った。
さて、一方の鶏そぼろはどうだろうか。うす茶色の鶏肉は、甘くやわらかーく煮たほろほろのお肉だった。もっとかたく煮た挽肉を想像していたので、いい意味で裏切られた。パンチのある青山椒明太と、やさしさで包まれる鶏そぼろ。そのハーモニーに拍手を送りたい。脳内スタンディングオベーション!
添えられたおかずは、薄めの味付けでおむすびの邪魔をすることなく、肉と野菜をバランス良く与えてくれる。卵焼きはきれいな黄色をしていて、食べるのがちょっともったいないくらいだった。お味噌汁で休憩を挟みつつ、ふたつのおむすびとおかずを、行ったり来たり。
ふと、他のお客さんのおむすびセットが運ばれていくのが目に入る。煮卵かあ、卵焼きもおいしかったし、こだわりの卵だとレジ脇のコーナーに貼ってあったことにも後から気づいた。そして、筋子かあ、卵セットとはこれはまたやられたと勝手に敗北感をあじわう。とはいえ自分も十分な勝ち点だったので、これはまた来なければいけない場所が増えてしまったな、と嬉しい気持ちになった。
ZINEの制作を始めて5年。つくるひとも増えていく中で、こうやって企画のことばかり考えていたら、思わぬ出会いが増えた。こうしてひとりでも、いつも頭の片隅に本作りのことがある。虚無だったひとり時間に、役割があたえられた。
周りが結婚していき友人関係も変化していく中で、一緒に制作する友人たちはいつしか仲間になったり、物書きの人たち同士で少しずつ繋がったりと、新しい世界が拓けてきたと感じる。おばさんになってからも、こんなことってあるんだと思うことが重なっている。第二の青春ってアラフォーにあったんだ。
大満足で食べきったところで、さてそろそろ太宰府天満宮に向かおうと立ちあがる。お会計をしながら、せっかくだしなと思ってレジの女性に話しかける。
「東京のほうから来てたまたま立ち寄ったのですが、とてもおいしかったです」
「そうですか、ありがとうございます。ライブかなにかでいらしたんですか?」
「いえ、個人で食べものの本を作っていて、明日それを売るイベントに出店するために来まして。次の特集がおにぎりなんです」
「なんという本ですか」
お調べになろうとしてくださったので、あわてて鞄に入れていたmg.を取り出してお渡しする。奥から店主の男性もいらして、一緒に目を通す。『パイをめぐる』というパイの特集だったのだが、このお店のはおいしいですよね、パイも好きなんです、と呟きながら楽しそうに眺めていらした。嬉しくなってしまい、「もしかしたら、WEBでおむすびのことを書くかもしれないのですが、こちらのお店のことを書いていいですか」と聞いたら二つ返事でご快諾いただけた。
「新しい本が出たら、買いますね」
お二人はそう言って、笑顔で送り出してくれた。
住まいから遠い町で、知らなかった人と約束を交わす。今回の旅の始まりにして、すでにクライマックスのような思いがした。
おむすび屋さんで、今のわたしのライフワークはこれなんだと思い知らされるとは、予想していなかったな。
その後は太宰府天満宮に加えて、おむすび・ぎゅっぎゅさんに教えてもらった竈門神社を参拝、夜は大好きなブックバーひつじがさんへ。そこでは、文フリ参加前日の物書きさんたちなどと一緒に飲んで、楽しい夜を過ごす。
文学フリマ福岡当日も多くの方とお話しし、非常に濃密な数日間となったわけだけれど、これはすべて本をつくっていなかったらどれも無かったこと。ここのところは人との出会いも目まぐるしく、気まぐれではじめたことが続けてみれば思わぬ方へ転がるものだ。転がるといえば、これまたおむすび。おむすびころりん。
転がっていけば、遠い地にだって、知り合いもできれば何度も行きたい場所もできる。まだまだわたしはどこにだって行けてしまうのだ。
ということで、次はmg.で一緒のヤナイにおむすびのバトンを託します。
おむすびでむすばれていくわたしたちの世界に、少しだけお付き合いください。
文・写真=かわかみなおこ
イラスト=五嶋奈津美
||| お知らせ |||
2024/12/1(日)文学フリマ東京39
と-9,10 「mg.(えむじー)」
新刊はvol.9「おにぎりをめぐる」です。おにぎりのもつ魅力が何かをわたしたちなりに表現しました。小説の個人誌もありますので、ぜひお立ち寄りくださいませ。
>>> https://c.bunfree.net/p/tokyo39/42040
と-11「BeːinG(びいいんぐ)」
かわかみなおこの別プロジェクトZINE「怪異とあそぶマガジンBeːinG」。妖怪、民俗学が好きな方におすすめです。2025/1/13からエンタメ〜テレにてBeːinGが全面協力した番組「妖怪とあそぶ」も放送開始しますのであわせてよろしくお願いします。
>>> https://c.bunfree.net/p/tokyo39/33184