村井美樹さんと行くきらめく丹後鉄道紀行|〔特集〕京都発、観光列車で巡る夏
海に向かって出発進行!
スタートは京都駅の31番ホームから。乗り込むのは特急「はしだて」5号、天橋立行き。この列車は「丹後の海」と名付けられた美しい車両で運行されている。
日本海の中でもひときわ澄んだ藍の色、丹後の海原を映したようなメタリックブルーの車体が「これから、海に行くぞー!」という気分を盛り上げてくれるのだ。村井さんは? とホームを見回すと、発車前の列車とツーショット。その手もとを見ると可愛いこけしがニコッ。
「旅に出る時はいつも、行き先や、列車の色に合わせたこけしを連れて行くんです。旅のお供こけし(笑)。今回は、明日乗る『丹後あかまつ号』にちなんで、赤リンゴこけしにしたんですけど、青い子も連れてきたらよかったな」
家には旅先で買い集めた200体近くのこけしがいて、お供の出番を待っているそう。最近は一緒に旅をすることも増えた5歳の娘さんもまた、マイお供こけしを持っていて、母娘の鉄道旅はなかなか賑やかな様子。なるほど、お供連れだと記念の写真も映えそうですね、と早速、旅を楽しむコツをひとつ教えてもらいながら列車に乗り込む。すると内装がまた凝っていて、客室天井と壁は白樺、床は楢、座席は楓、と深呼吸したくなるような木の空間。日よけのブラインドは、なんとすだれである。
ゆったり広い共有スペースもこの列車の魅力で、ひときわ大きな展望窓には組子細工の木枠が施され、車窓の景色が、まるで絵画のように見える演出も心憎い。
「ビュッ! と一瞬で景色が飛んでゆく新幹線も気持ちいいですけど、ゆったりと車窓の景色が楽しめるのはローカル線の魅力ですよね、まるでロードムービーみたいに。初夏は水がたっぷり張られた田んぼが鏡みたいになって青空や山が映っていたり。それが真夏になると青い稲がぐんぐん育って清々しい景色になって。ぼんやり眺めているだけで心が洗われる。こんなふうに移動の時間もまるごと楽しめるのは、列車旅の醍醐味です」
村井さんのお話で、いっそう素敵に見える車窓の田園風景を眺め、ふかっと座り心地のいい座席の感触を楽しむうちに、列車は宮津駅に到着。そこから「舟屋」の景観が魅力の漁師町、伊根へ向かう。
故郷じゃないのに故郷みたい
いわゆる観光地とは違う、土地の人の暮らしがそのまま息づく伊根は、京都にこんなところがあったのか、と思うのどかさ。汐の香り、ウミネコの声、五感で海を感じる町を地元ガイドさんの案内で散策し、舟屋見学や素朴な「もんどり漁*」体験で、ひとしきり童心に帰ったあとは、伊根の海をさらに堪能すべく船着き場へ。
伊根湾には大人数が乗れる遊覧船もあるが、この日乗ったのは「海上タクシー」と呼ばれる小型船で、その名も英凪丸。伊根の暮らしや浜売りで賑わう漁港の様子、絶景スポットなど、生まれも育ちも伊根という船長の下岡英和さんのちょっぴりユルめの解説に耳を傾けつつ巡るひとときは、チャポ……チャポッ……と間遠な波音も心地良く、のんびり、まったり。事前に予約をしておけば、沈む夕日を見ながらの遊覧もできるそうだ。
日没にはまだ間があったので、今回は夕景はあきらめ、これから行くカフェの名を告げたら、「じゃあ、そこまで送りましょう」と、船でカフェへ乗り付け。舟屋の造りを生かした「舟屋カフェ」が点在するこの地域ならではの思いがけない移動手段に、旅気分も上がるばかりである。
「伊根に来たのはまだ2度目なのに、なんだかすごく懐かしい。故郷じゃないのに、帰ってきた、みたいな……」。確かに村井さんの言葉通り、なんとも静かな、ゆるやかな時間が流れる伊根の町。人々の言葉も飾り気なく、地の利に守られて波が立ちにくいという伊根の海そのもののように穏やかだ。ここではなるべく都会の喧騒は持ち込まず、土地の人たちの日常に沿って、日本の原風景を楽しみたい。
旅人=村井美樹
文=安藤寿和子 写真=雨宮秀也
──この旅の続きは本誌でお読みになれます。村井さんと取材班は日本三景のひとつ、天橋立でサイクリング。その後、丹後あかまつ号に乗って由良川橋梁の絶景を堪能します。鉄道好きの村井さんならではの鉄旅の指南も必読です! 本特集ではこのほか、京都の人も夏に訪れたい貴船の川床や、親子で楽しむ嵯峨野のトロッコ列車・保津川下りの船などもご紹介。美しきグラビアと共に 観光列車で京都を巡る旅をぜひお楽しみください。
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出典:ひととき2024年8月号