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[太田記念美術館]美人画 麗しきキモノ|学芸員さんに訊く、浮世絵展の魅力

明治神宮前駅から出て、表参道から一本入った通りにある太田記念美術館は、約14,000点の収蔵品を持つ浮世絵専門の美術館。展覧会『美人画 麗しきキモノ』(~2023年10月22日)について、主幹学芸員の赤木美智さんにお伺いしました。

浮世絵を確立させた菱川師宣もろのぶの子、師房の作品「美人遊歩図」

──流行の発信地であるラフォーレ原宿のすぐ近くに浮世絵専門の美術館があるというのは、なかなかない立地ですよね。来館される方に、若い方や海外の旅行者らしき人が多いのも頷けます。

赤木 はい。この立地なので、これまで当館の企画展は、「江戸にゃんこ 浮世絵ネコづくし」「江戸の悪」「大江戸ファッション事始め」「和装男子」など、浮世絵のいわゆる王道(役者絵、美人画、風景画)ではないテーマでも開催してきました。何かのきっかけで一度当館に足を運んで作品を観てもらえれば、若い方々にも浮世絵の良さを分かってもらえると思っています。

──今回は、“王道”の美人画の展覧会にされたのですね。

赤木 はい。久しぶりの開催です。とはいえ、企画名のサブタイトルに「麗しきキモノ」とつけたのは、現代とつながるものを(タイトルに)出したかったからです。今世の中にある「着物」という言葉があれば、服飾史やファッションに関心のある方々にもアプローチできるのではと思いました。

──どうすれば今の人たちに浮世絵に興味を持ってもらえるのか、ということを常日頃から考えていらっしゃることが伝わってきます。浮世絵の魅力は、どんなところなのでしょう。

赤木 江戸から明治、大正にかけても、とても活力ある時代でした。浮世絵は生活のあらゆるところを写し出すものでしたので、当時の人々がどのように日々の生活を楽しんでいたのかを見つめることができます。また、葛飾北斎や安藤広重らが、新たな表現方法を生み出していった時代なので、日本のクリエイターの歴史を知ることにつながります。

──確かに、縁日や花火など、今も行われている行事の様子は身近に感じられますし、柄物の着物と帯の組み合わせはとても色鮮やかで美しく、粋に思えました。展覧会の見どころを教えてください。

赤木 時代によって移りかわる美意識の変化をご覧になっていただければと思います。浮世絵は購買者の関心をどう獲得するか、ということも大事で絵師たちも流行に敏感でした。また浮世絵のシリーズで人気の出たものは、予定を超えて新作が出版されることもありました。

──それは、人気がある書籍が増刷されるという今の出版業界と同じですね(笑)いわゆる通常の絵画を描く絵師に比べると、北斎など、浮世絵師の作品は数多く残っているように思えます。

赤木 確かに、北斎は多作ですね。浮世絵は絵師と彫師、摺師によって分業して作られるので、作品を数多く手がけられたというのはあると思います。

主幹学芸員の赤木美智さん

──浮世絵で見る、時代ごとの美人像について教えてください。

赤木 浮世絵は、江戸初期はモノクロの「墨摺すみずり」でしたが、江戸中期、明和2(1765)年頃には「錦絵」と呼ばれるフルカラー印刷が誕生します。その創生期に活躍した鈴木春信は、細くて小柄、中世的な美人画を描き一世を風靡します。春信が亡くなった後にはちょっとどっしりとした女性が美人として描かれ、その後人気となった鳥居清長は8頭身で背の高いスラリとした女性を描きます。

小柄で中世的な女性(左) 鈴木春信「林屋お筆」
8頭身の女性を描いた鳥居清長「大川端楼上の月見」(上下)

赤木 19世紀には歌川派が一大勢力となります。その巨匠の1人、初代豊国とよくには1810年前後に肉感的な女性を描きますが、その弟子の国貞(三代豊国)はより親しみやすい女性像を得意としました。他にも溪斎英泉けいさいえいせんは凄みのある女性、国芳ははつらつとした女性など、絵師によって違いはありますが、どちらにしても、浮世絵の大衆化に合わせるように女性の表現も庶民が共感できるものへと変化していきます。

女性の顔を大きくとらえた錦絵で人気となった喜多川歌麿の「じょにんそうじゅっぽん 文読む女」

──今でもそうですが、美人像にも流行というのがあるのですね。着物としては、どんな流行りがあったのでしょうか。

赤木 18世紀半ば以降は、着物としては地味になっていきます。裾模様や縞模様、小紋などが人気となるのです。ただし、色々な縞模様を使うなど、お洒落を諦めない心意気がありました。

──明治に入って文明開化の時代となり、世の中が大きく変わったかと思いますが、浮世絵に関してもそうだったのでしょうか。

赤木 はい。歌川国貞や豊原国周くにちかに学んだ楊洲ようしゅう周延ちかのぶは、武士の家系出身で、彰義隊とともに上野戦争*にも参戦しています。絵師としては明治中期以降、西洋の影響を受けた新しい女性像を描きました。けれども、明治後期頃から浮世絵の時代を切り取るという役割が、新聞や写真に取って代わられていきます。歌川国芳くによし門下で、妖艶な女性を描いた月岡つきおか芳年よしとしは明治25(1892)年に亡くなりますが、彼は「最後の浮世絵師」などとも呼ばれます。

*戊辰戦争[慶応4(1868)年~明治2(1869)年]のひとつで、旧幕府軍(彰義隊)と新政府軍(薩摩藩、長州藩ら)が上野で戦った内戦

着物と洋服を合わせ、パラソルをさす女学生 楊洲周延「真美人 十四 女学生」
洋装を楽しむ女性 月岡芳年「風俗参十二相 遊歩がしたさう 明治年間妻君之風俗」

──浮世絵時代の終わり……という感じで切ないですね。それ以降の絵師たちはどのような絵を描いたのでしょうか。

赤木 女性たちの装いには少しずつ洋装が持ち込まれます。そうした姿ですとか、女子中等教育の本格化にあわせて女学校に通う女学生の姿を描く作品もでてきます。当時誰でもが通えるというわけではなかったので、人々の“理想と憧れ”、時代を象徴する題材として浮世絵にも描かれたのです。

 明治時代後期の絵師としては、芳年の弟子の水野年方としかたは日本画も学んでいて、気品ある美人画を描きます。その門下の女流絵師、池田蕉園は、やはり日本画で頭角を現し儚げな美人画で人気となると、京都の上村松園と並び称されます。文部省の「文展」でも受賞を重ねるなど、活躍の場を広げます。

水野年方 「三井好 都のにしき 愛犬」
着物と袴の女性が描かれている作品 池田蕉園「やへかすみ Sketching the landscape」

――大正時代の絵画はどういった作風だったのでしょうか。また「新版画」とはどんなものでしょうか。

赤木 大正時代は、竹久夢二のようなアンニュイで乙女チックな画風も好まれた時代でした。一方で、失われていく江戸の風情を惜しむ気運もありました。そうしたなか版元の渡邊庄三郎が提唱したのが、浮世絵の伝統的な技術をもって、あらたな時代にあった木版画を作ろうとする「新版画」だったのです。最初期に渡邉が絵師として迎えたのがオーストリア出身のカペラリ、また装丁家でもあった橋口五葉でした。

夏目漱石の『吾輩は猫である』の装丁も行った橋口五葉が手がけた浮世絵「長襦袢の女」(私家版)

──これが版画なのか?と思うほど、繊細なタッチですね。

 赤木 ええ。繊細で色気のある作品です。これまで当館では、橋口五葉など、明治後半から大正、昭和の作品はあまり展示してこなかったのですが、今回はせっかくの機会ですので、出品しています。ぜひご覧いただければと思います。

 ──ところで、赤木さんの専門は江戸の絵画史とのことですが、どなたかお好きな絵師はいらっしゃいますか。

 赤木 はい。8頭身の女性を描いた鳥居清長が個人的に好みですね。私の専門は江戸絵画ですが、もともとは江戸の仏画を学んできていて。浮世絵について専門的に学んだのはこの美術館に入ってからです。そのせいか、「浮世絵ってこんな絵もあるの?」という驚きがあり、いわゆる王道でない作品も、ピックアップしてしまうところがあります。

──例えばどんな作品でしょうか?

赤木 今、当館のX(旧Twitter)のキャラクターになっている「とらいし」は、当館で「浮世絵動物園」の展示を行う際に、私が「これを出します」と話したものでして。

歌川芳員よしかず「東海道五十三次内 大磯をだハらへ四り」中央が「虎子石」

──それが今やX(旧Twitter)のキャラクターなのですね!

赤木 大出世しました(笑)

──今回の展覧会開催と時を同じくして、赤木さんは書籍『美人画で味わう江戸の浮世絵おしゃれ図鑑』を執筆されました。浮世絵はもちろん、着物の模様などについても細やかに書かれていて、着物文化の奥深さに驚きました。
展示と一緒に楽しめそうですね。

赤木 はい。6割ほどが今回の展示と同じ内容になります。今回の展示では、保存状態がよい、優品がそろっていますので、時代と共に変わる美意識の変化をぜひお楽しみいただければと思います。

──ありがとうございました。

画像提供=太田記念美術館
文・写真=西田信子

「美人画 麗しきキモノ」展
太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1-10-10
☎050-5541-8600
[開館時間]10時30分~17時30分(入館は17時まで)
[休]毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)
*9月25-29、10月2、10、16日は休館
[入館料]一般 800円、大高生 600円、中学生以下無料
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

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▼太田記念美術館監修、赤木さんの著書はこちら


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