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シャキホクッ!上田さんのからし蓮根(熊本県熊本市)|柳家喬太郎の旅メシ道中記

当代一の落語家・柳家喬太郎師匠。お声がかかれば全国あちこち、笑いを届けに出かけます。旅の合間の楽しみは、こころに沁みる土地の味。大好きなあのメシ、もう一度食べたいあのメシ、今日もどこかで旅のメシ──。この連載「旅メシ道中記」では、喬太郎師匠の旅メシをご紹介します。

 随分前に熊本市内の居酒屋で食べた「揚げたてのからし蓮根」。これがうまいのなんの、ずっと覚えてる忘れられない味です。もっかい食べたいと思ったけど、なんて店だったかどこにあったか関係者誰も覚えてない。そんな話をこの連載の編集担当さんに話したら「揚げたてを食べさせてくれる店を見つけました!」というしらせ。ただし、5月の連休前に行かないといけないと言うんです。

 からし蓮根って年中食べられるんじゃないの? なんて思いながら向かいましたよ。熊本駅から車で約30分。時刻は朝8時。この時点で居酒屋でないことは確かでした。着いたのは長閑のどかな住宅地。からし色の看板に大きく「上田からし蓮根店」とある。まだ何も食べてないけど、感動しました。だって店の隣が蓮根の田んぼなんです。

「元々蓮根農家なので自家栽培してます。蓮根は終わりの時期が近づくと身が痩せる。うちは輸入物は使わないので、いい蓮根が採れない5月中旬頃から8月のお盆前までは休業します。だから状態がいいときに来てほしかったんです」とは女将の上田智子さん。控えめな口調ですが、言葉の端々から味への自信が伝わってきます。

 早速女将さんが調理してくれます。出てきたのは酢を入れて湯がいた蓮根。形も大小さまざまあって、穴には特製ブレンドの麦味噌を使ったからし味噌がたっぷり。小麦粉を溶いた衣をまとわせて菜種油の海へ。ジュワジュワパチパチ。揚げ色がついたら完成です。

 念願の揚げたてからし蓮根。いなり寿司ほどの小さいのをいただいて、ガブリッといきましたよ。ったらこれが今まで食べたどのからし蓮根とも違った。シャキホクッもっちりの絶妙な食感。それに普通もって辛みがツーンと鼻に抜けるところを、上田さんのは麦味噌の優しい甘みとまろやかなうま味が広がった後に、からしがピリッと利いてくる。これねぇ、思い出の味を超えちまいましたよ。

「蓮根は昔ながらの節の長いシャンハイ種。田んぼが深くて粘土質なので収穫はくわ掘り*。大変ですけど、肉付きのいいやわい蓮根が育ちますし、湯がいたときの食感は他のものには代えがたいです」

 今回は特別に店で揚げたてを食べさせてもらいましたが、自宅で食べる前に揚げ直せば再現できます。ホクホクのからし蓮根に醤油をちょいと垂らして、ご飯のおかずに……抜群です。またひとつ、忘れられない味が増えました。(談)

談=柳家喬太郎 イラストレーション=大崎𠮷之

*水を抜いた田んぼの中に入り、鍬で掘っていく伝統的な収穫方法。近年はポンプの水圧を使って蓮根のまわりの土を吹き飛ばして掘り出す「水掘り」が主流

【上田からし蓮根店】
蓮根農家だった初代・上田勉さんが卸先からからし蓮根の作り方を教わり、その後、試行錯誤して自身の味を確立。当初は祭りなどで露店を出していたが次第に評判を呼び店を構えることに。今年で創業53年。まろやかな味わいに大人はもちろん小さいお子さんのファンも多い。

【店舗データ】
☎0964-28-3452 
[所]熊本市南区城南町下宮地905-3 
[時]9時〜19時
[休]木曜(祝日の場合は営業)、元日、5月中旬~8月中旬
[料]量り売り100グラム310円 
*持ち帰りのみ、通販あり
https://www.ueda-shouten.net/

【師匠プロフィール】
柳家喬太郎
(やなぎや・きょうたろう)
落語家。1963年、東京都世田谷区生まれ。大学卒業後、書店勤務を経て89年に柳家さん喬に入門。2000年真打昇進。「揚げ立てほやほや、小ぶりなからし蓮根を切らずにガブリといくそのおいしさたるや! 新たな発見でした」

出典:ひととき2024年8月号

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