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猫だらけの民宿と、台湾原住民族の今昔(台東)|岩澤侑生子の行き当たりばったり台湾旅(11)

この連載は、一昨年まで現地の大学院に留学されていた俳優の岩澤侑生子ゆきこさんが、帰国前に台湾をぐるりと一周した旅の記録(2022年8月1日~9日)です。今回は、台東の街をめぐります。行き当たりばったりの台湾旅をぜひ一緒にお楽しみください。

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いよいよ台湾一周旅行も終わりに近づいてきた。高雄、屏東を通過して、台湾の南東部・台東へ向かう。台東に近づくにつれて、車内から見える風景が自然の色味を増していき、人工的な音が消えていく。

台湾鉄道名物のお弁当

電車に乗りながら今日の宿泊先を検索する。台東で宿が見つからなければ、このまま電車に乗ってもっと遠くまで行こう。どうしても見つからなければ、そのまま自宅のある台北に帰ろう。自分でもちょっとどうかと思うくらい、最後まで行き当たりばったりの旅。

水産物の養殖場

台東駅周辺を調べてみると、駅の近くには目立った観光施設はなく、駅から少し離れた海側のエリアにホテルや夜市があるので、旅行者はだいたいそこに泊まると紹介されていた。

美しい海岸線

たしかに、地図を見ても台東駅周辺は閑散としていて、日本語のブログなどでもあまり取り上げられていない。海側エリアの宿を探す前に念のため駅周辺を調べていると、ある民宿に目が留まり、迷うことなく予約。繁華街には向かわず、のどかな台東駅周辺を散策することにした。

台湾鉄道 台東駅

台東は、これまでに訪れた西側の都市よりも空気が美味しい。駅構内には台湾原住民*タオ族の船が展示されている。台湾の原住民族は、政府が公認しているだけでも16部族あり、それぞれ異なる文化や言語を持っている。台東県は原住民族が住む比率がもっとも高い県で、人口の約3分の1が原住民族だ。原住民部落では四季を通じてさまざまな催しがあり、独特の文化や風習に触れることができる。

*「原住民ユェンズーミン」は台湾先住民の台湾における正式名称

タオ族は台東県に属する蘭嶼(離島)に住む

駅から10分ほど歩いて、今日の宿泊先の「街角五十號」に到着。呼び鈴を鳴らしても誰も出ず、人の気配もない。鍵がかかっていなかったので恐る恐る二重扉を開けると、音に反応した小さな生き物たちがわらわらと動き出した。

台湾華語には「貓奴マオヌー(猫のしもべ)」という言葉がある。ここは私のような「貓奴」にとってはたまらない、猫だらけの民宿。わざわざこの宿を選んだ理由はここにある。リビングでは猫たちが自由気ままにそれぞれの時間を過ごしている。しばらくすると民宿の若いスタッフがやってきて、慌ただしく鍵を渡すとそのまま出かけていった。

荷物を置き、日が暮れる前に周辺を歩いてみる。宿泊客もみんな海側エリアに出向いているのか、広い道路に出ても車すらあまり走っていない。やや閑散とした道を進むと、プユマ族の遺跡がある公園に辿り着いた。

卑南遺址公園

卑南遺址公園は台湾でもっとも早い時期にできた考古遺跡公園だ。先史時代のプユマ族の遺跡と資料の数は台湾で最大規模を誇る。この遺跡はもともと1896年に日本の学者、鳥居龍蔵によって発見された。日本が台湾を統治し始めたのは1895年なので、わずか1年ほどでここ台東まで調査に訪れたことに驚く。

集落の中心にあった月形石柱

プユマ族は台湾の原住民族のなかで6番目に人口の多い部族で、1万5千人を超える(2024年現在)。母系制で、年齢による階級制度があり、原住民族のなかでもシャーマンの役割が大きいという特徴がある。

なんでも、外から来た人間がプユマ族の集落に入ったときは、シャーマンによって悪い魔法がかけられているかもしれないので、むやみにそこにある物に触ってはいけないという言い伝えもあるのだとか。

少年集会所「タクバン」

プユマ族の集落にはタクバンと呼ばれる少年集会所がある。男子は12~13歳になるとタクバンに入り、成人になるための訓練を受ける。現在もこの習慣は続いており、プユマ族の少年たちは3年間集会所に通うらしい。自分たちの文化や技術を継承するための大切な期間だ。

公園内は驚くほど広い。ときおり吹く風と木の葉のささやきだけが聞こえてくる。辺り一面青々とした草木が広がっているだけなのに、とても豊かな時間を味わうことができる。

SNSに写真をアップロードすると、すぐに友人からメッセージが届いた。返信をして、そっとスマホの電源を落とす。便利な道具が何もなかった時代、人々はどこまでも広がる空を見ては、ここにいない誰かを想っていたに違いない。そんな遠い昔の人々の暮らしを想像してみる。

卑南遺址公園を出ると、すっかり日が落ちていた。宿の近くに原住民族の料理が食べられるレストランがあったので行ってみる。

雲棧部落音楽餐廳
ステージでは生演奏が流れている

原住民族の料理の特徴は、素材そのものが持つ野生味を感じられることだ。料理の種類も豊富で、市内ではあまり目にしない野菜やハーブも多く使われている。近年、日本でも話題になっている馬告スパイスは辛味が強く、少しの量でも充分に料理の味を引き立ててくれる。

原住民族のちまき
もち米に豚肉の油がしっとり染みて非常に美味しい

宿に戻ると、若者たちが集まって談笑している。オーナーに声をかけられ、飲み物を片手に輪の中に入れてもらう。台湾人の若者たちは宿泊客かと思ったら、みな学生のアルバイトで、夏休みを利用してここに長期滞在しているそうだ。午前中に宿の仕事を終わらせて、午後は海のほうに行って遊んだり、ドライブを楽しむのだそう。台東は若者たちにとって青春を楽しむ場所なのだ。

何もないと思っていた場所でも、いざ行ってみると、いろいろな出会いや発見がある。旅を楽しむコツは、少しでも気になることがあったら、思い切って飛び込んでみることだ。台湾一周旅行の最終日は、特急列車に乗って、花蓮へ向かう。

<参考資料>
ディスカバー台東
台湾ミニ百科(中央廣播電臺)
台湾東部・台東で先住民文化に触れる プユマ族やアミ族、紡がれる伝統(フォーカス台湾)

>>>次回へ続く

文・写真=岩澤侑生子

岩澤侑生子(いわさわ・ゆきこ)
1986年生まれ。京都出身の俳優。京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)映像舞台芸術学科卒。新国立劇場演劇研修所7期修了生。アジアの歴史と中国語を学ぶため、2018年から台湾に在住。これまでCM、MV等の映像作品の出演や台湾観光局のオンライン講座の司会を務めた。2022年8月に淡江大学外国語文学院日本語文学科修士課程を修了し、日本へ帰国。
HP:https://www.iwasawayukiko.com/
Twitter:https://twitter.com/iwabon

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