この街を離れるとき|カモシタサラ(シンガーソングライター)
生まれてから22年間ずっとこの街にいる。
八王子。私は八王子が嫌いだった。最近まで。
八王子の謳い文句は、"東京まで電車1本で行ける"。
とはいえ、往復で2時間はかかる。2時間あったら映画1本観れるわ!と思いながらも、おかげで私の移動時間の感覚はバグってしまい、どこにでも行けるようになった。
普段バンドをやっているので下北沢などに出向くことが多く、ライブの打ち上げで「八王子出身です」と言うと、「遠いね〜」「八王子ってなにがあるの?」と聞かれる。そのたび私は、「ははは〜、山とラーメンとヤンキーすね!」とか適当言ってすり抜ける。
東京なのに東京じゃない。かと言って静かで寛大な故郷の風格を持ち合わせてもいない。そんな半端な街がなんとなくずっと嫌いだった。
八王子になにがあるかなんてあまり意識しなかったが、不満はいくらでもある。学校終わりにひとりでよく通っていた駅前の映画館は潰れてしまった。こんなに大きな街なのに。
明け方4時に湘南乃風の歌声を載せたバイクが颯爽と過ぎ去ったこともある。明け方の湘南乃風のドップラー効果はあの街でしか聴けないと思う。いや、湘南でも聴けるのかな。まあいいか。だから、旅行先のベッドは静かすぎて眠れなかったりして、私はもはやバイクの音や何かしらの動物の声が聞こえていないと寝付けない身体になってしまった。
そのくせ、夕方5時になると夕焼け小焼けのチャイムが八王子中に響き渡って故郷っぽさを匂わせたりしてむず痒い。とにかく田舎の良さと都会の良さを削ってしまった感じで、一刻も早く出たかった。
大人になったらどんな街で暮らそうか。
絶対に八王子を出てやる……と思いながら電車に乗って窓の外の街の景色にひたすら目を向ける中学生の私は、今の私が八王子を恋しくなっていることなんて知らない。
そう、私はついに八王子を出た。
両親と猫たちと友だちとの別れは寂しかったが、バイト先もスタジオもライブハウスも近くなった私は無敵だった。充分な睡眠時間を手に入れ、穏やかで静かな都会でのひとり暮らしがスタートしたのだ。
スタートしたのだが、あまりにも穏やかで、静かで、快適すぎる。ひとりは好きだし、この生活に向いているとは思うけど、何かが足りない。
もしかして、半端なダサさと不便さなのかな。
いまだに信じられないけど、あの絶妙にダサかった街のひとつひとつの断片が、なんだか最近、急に恋しくなっているのだ。
離れてみてわかったが、今の私を作ったのは、紛れもなくあの嫌っていた八王子だった。あまりにも近くにありすぎて、客観的に見れないことってたくさんある。八王子はもう長年連れ添った恋人みたいな存在になっていた。
スーパーの2階の量が多すぎる中華料理屋さんとか、駅前の喫茶店「田園」とか、落ち着いて作業ができるまるで田園のように長閑な場所で……と言いたいところだが、脳裏に浮かぶのは、そこから見える下のパチンコ屋さんの前で喧嘩してるお兄さんたちの姿だったり。何が起こるかわからなくて面白い、そういう街だった。
愛想は悪いけどちゃんと診てくれた内科の先生には、小さい頃から最近までけっこう助けられた。変なルールが蔓延っていた学校も今見ると本当に小さくて、たまたま育った場所が同じ人たちとコツコツ人間関係を築きながら校則に従って生きて、よく頑張ってたと思う。
こうやって思い出しながら書いていると、背伸びして都会のふりをしている八王子もまた、なんだか可愛くなってきた。そんなに焦ってオラつかなくても充分魅力的なのにね、と思う。
さんざん悪口を書いてしまったが、電車に乗って移動している時間って考え事をするにはすごく良かった。曲とか歌詞も電車の中で生まれたりして、出かけるたびに時間がかかったのはある意味よかったのかも……と今なら思える。
あの聴き飽きたはずの夕焼け小焼けのチャイムも、今なら素直に聴ける。「からすといっしょにかえりましょ」って歌ってるし、たまにはあの街に帰ろうかな。
文=カモシタサラ
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