豪快ばくだんおにぎりと水戸の街|おむすび、ぶらり旅
快晴の水戸駅にひとり降り立ち、帰省時には滅多に使わないバスに乗る。いまだに交通系ICカードが使えないことにじんわり驚き、バスの両替機を何年振りかに使った。
茨城県水戸市は、わたしが高校時代を過ごした街。
水戸駅周辺をひとりでぶらりとするのは、かなり久しぶりの事になる。
晴れてはいるものの、寒さは身に沁みる。お腹が空のままではぶらりもならぬと、早速おむすびさがし。お昼時前、ちょうど良いお店はないものかと調べると、京成百貨店にある「おにぎり山翠 -JAPANESE DELICATESSEN-」であれば店内でおむすびを食べることができるようだ。
そういうわけで、早速バスに乗り込んだのだった。
5分ほどで京成百貨店にほど近いバス停に着く。ここは駅から少し離れてはいるものの、水戸で一番大きな百貨店。何度も来ているのに、奥に飲食店があるとは全く知らず。灯台下暗しとは言ったものだ。
1階のブランド店や化粧品コーナーをすり抜けたその先に、目的のお店はあった。
ガラス張りの店の前には、「おにぎり・弁当・惣菜」と書かれたのぼり。持ち帰りがメインなのか、入るとお弁当やパックに入ったお惣菜などが並ぶ。おむすびメニューだけでも種類が豊富でかなり迷ったが、インパクトに負けて、男子高校生が選ぶような「ばくだんおにぎり」をセレクト。店内調理のため、席に座って出来上がりを待つ。
その間にもお弁当を買いにくるお客さんがかわるがわる出入りして、お弁当やおむすびを買って行った。
ばくだんおにぎりができあがったようで、レジに呼ばれて取りに行く。
トレイの上には、お皿ではなくプラスチックの容器に入れられたばくだんおにぎり。一枚の海苔でまんまるごはんをくるんでいる。150gと書いてあったが、普通サイズのふたつ分くらいあるように見えた。
外見は全く写真映えしないが、中身はお店で人気の7種類の具が詰まっているという豪華な一品。昆布、焼きたらこにツナマヨ、あとは鮭におかかに生姜と明太子かしら? 漫画に出てくる爆弾のような黒い球体の中から、様々な味がどんどん出てきては混ざり合う。具材の多さに時折おつまみを食べているような気分にもなり、少し前に『mg.』でヤナイとふたりで居酒屋おにぎりをめぐった記憶がよみがえる。昼間なのに酒が恋しくなってしまったが、ぐっと堪えた。
たっぷりの具材もさることながら、食べてみて感じたのがまず「米がうまい」だった。わたしは実家で米をつくっていることもありごはんの味には敏感な方なのだが、無骨な見た目に反しておいしくてびっくりしてしまった。(ごはんがきちんとおいしいお店って貴重だと思う)
かたさも程よく旨味も良い、全てが好みのど真ん中。どでかい海苔は香りが立ち、ご飯と具材をしっかりと包み込む。味の完成度が非常に高い。一緒に頼んだ味噌汁で休憩を挟みながら、ゆっくりと味わう。
ふと窓に貼られたメニューを見上げると、『揺るがない米と海苔へのこだわり』と書かれた紙に気がついた。
『茨城で初めて「おにぎり」を販売した専門店として、私たちは「米」と「海苔」にこだわります』
とのことで、茨城初のおにぎり専門店の系列だったようだ。
米は直接契約農場から取り寄せ、海苔も国内産のものを香りや食味を確認してから使用しているとのことで、そのこだわりようなら納得のおいしさというわけだ。
実は店名にある「山翠」は、あんこう料理などで有名な郷土料理のお店。その系列だろうと踏んで選んだこともあったが、地元の食材にも詳しいからこそ素朴なメニューでこのクオリティを出せるのだろう。
確かに茨城、食べものがおいしい店も多い。魅力度最下位とよく言われているが、こういう掘り出し店もまだまだある。
さてさて、お腹も満たされ体も温まったところで、街をぶらりとしてみよう。
まずは、京成百貨店から水戸駅に戻るようにして歩いて15分ほどにある「書店リコッタ」さんへ。水戸には珍しい独立系書店で、千葉にあったお店が数年前水戸に移転した。『mg.』や、わたしの短編集も取り扱ってもらっている。古めの少女漫画をはじめ、文学乙女が愛すべきラインナップの本棚がお出迎え。行くたびにワクワクできる書店さんだ。
本を物色しつつ世間話。母校の後輩がわたしの短編集『しょんぼり珈琲』を買ったという話を聞いて、照れくさくなった。短編の一本目が、母校を意識して書いたものだったから、余計にだ。
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せっかくなので久しぶりに母校も見に行こうと、散歩がてら向かうことにした。母校こと、水戸第一高等学校へ向かう道は「水戸学の道」と名付けられている。水戸の武士の学問の礎、弘道館沿いへもつながり、水戸の歴史を感じられる。
水戸といえばその名の通り、水戸黄門でお馴染みの徳川光圀公のお膝元。母校は水戸城跡に建っており、敷地内に文化財もある。何十年ぶりかに歩く道は、観光用にだいぶ整備されたようだった。
弘道館を背にすると、大きくそびえたつ大手門が出迎えた。昔は高校から図書館へ向かう道として通っていたが、当時は門が復元されていなかったので、知らない観光地に迷い込んだ気分だ。
それにしても立派な門で、水戸城の規模を彷彿とさせる。きちんと門が復元されると一帯が城だったということを意識させられて面白い。
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迫力の大手門をくぐると、その先は白い長塀が続く。人通りは少ないが、整備された道は清々しい。その先に、懐かしい高校が見えてきた。
高校の中には入れないが、手前に建つ水戸城の薬医門や土塁を見ることができる。室町時代に建てられたものを移築したという薬医門は重厚な木の門だが、通学していたころは当たり前のように毎日くぐって校舎へ入っていったものだった。
ちなみに、恩田陸の小説『夜のピクニック』は、この高校がモデルとなっている。なので小説同様、長距離を歩く行事があったが、ゴール地点である高校が城跡の高台のため最後の難関だったことも懐かしい。
薬医門と校舎を眺めたら、坂を下って駅へと向かう。この坂を高校時代、通称「ロマンス坂」と呼んでいた。母校はその昔男子校だったが、坂の途中にある女子校の生徒との出会いの道ということでその名がついた。ロマンス坂も「水戸学の道」の一部だが、学生の頃はそんなことも知らなかった。
女子高がセーラー服で羨ましかったなあなんて思い出しながら、駅へと戻ったところで本日は時間切れ。
水戸駅で、地元でも有名なサザコーヒーを買って特急電車に乗り込む。
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不思議だね、あのころは東京に向かうだなんて特別なことだった。
思い出と現在の自分とを重ねながら、電車に揺られてまどろむ。
さあ、次はヤナイのおむすび。
どんなおむすびとおはなしに出会えるかしら。
文・写真=かわかみなおこ
イラスト=五嶋奈津美
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