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日本で仏教が広まったのは、誕生仏がかわいかったから?──西山厚『語りだす奈良 1300年のたからもの』

2014年まで奈良国立博物館で学芸部長をつとめ、正倉院展など100以上の展覧会を運営してきた西山厚さん。その西山さんが、奈良の文化財や史跡、伝統行事などを手がかりに、仏教が根付いた奈良の真髄をやさしく解説した新刊『語りだす奈良 1300年のたからもの』(2024年5月21日発売、ウェッジ)よりお届けします。

もうずっと以前のことになるが、お釈迦さまの生誕地に行ったことがある。

ルンビニー。インドから国境を越え、ネパールに入ってすぐのところだ。国境のしるしに丸太が置かれていたのがなんともいい感じだった。

お釈迦さまが生まれたのは今からおよそ2500年前。

お母さんは、出産のため、実家に戻る途中、ルンビニーの園で休息した。そして、かぐわしい香りのお花を取ろうと右手を伸ばしたら、右脇から元気な男の子が誕生した。お釈迦さまである。

お釈迦さまは、すぐに立ち上がり、七歩あるき、右手をあげ、声を放った。

天上天下てんじょうてんげ唯我独尊ゆいがどくそん」 この世界で私は一番尊い。

ホントかな? もちろんホントであるはずがない。

日本人は控えめなので、こういう自己主張は好きではない。だから日本のお坊さんはこの話をする時に苦労する。そしてこれは「どの人も、ひとりひとりがこの世でもっとも尊い存在なんだよ」という意味だと説明したりもするが、それは違う。この世界で私は一番尊いという意味にしかならない。

ホントの話ではないのだから、後世の人の作り話なんだから、気にする必要はない。

インドの人も中国の人も、とても自己主張が強いように私にはみえる。これは、そういう風土のなかで生成したお話である。

それはそうとして、なぜお釈迦さまはお母さんの右脇から生まれたことになっているのだろうか。

特に根拠があるわけではないが、普通でない生まれ方をした、つまりひどい難産だったことを示す、といつも説明している。

生まれたお釈迦さまは元気だったが、お母さんは7日で亡くなったからだ。

お母さんが亡くなったのは王城であるカピラバストゥに戻ってからのようだが、ルンビニーへ行った時、そこは、お釈迦さまの生誕地というよりも、お母さんが苦しんで、やがて死に至った場所のように、私には感じられた。

お母さんは僕を生んで死んだ。この深い悲しみから、やがて仏教は誕生する。

ところで、ガンダーラで造られた仏伝図を見ると、右脇から出てくる赤ちゃんのお釈迦さまを、両手にバスタオルのような布を持ち、しっかり受け止める人物が必ず表わされている。この人物は人間ではない。帝釈天たいしゃくてん、神である。お釈迦さまの傍らには帝釈天や梵天ぼんてん執金剛神しゅこんごうじんらがいて、いつでもどこでもお釈迦さまを守っている。

仏伝図で、お母さんの背後に表わされている女性はお母さんの妹さん。お母さんが亡くなったあと、お釈迦さまはこの女性に養育される。

生まれたお釈迦さまの頭上に、きれいな水がそそがれた。灌いだのは、梵天と帝釈天。龍が灌いだともいう。

お釈迦さまが生まれたのは4月8日とされる。この日は各地のお寺で灌仏会かんぶつえ(花まつり)がおこなわれる。生まれたばかりのお釈迦さまの像を花御堂はなみどうに安置して甘茶をかける。それは、梵天と帝釈天(あるいは龍)が水を灌いだことに由来する。

生まれたばかりのお釈迦さまの像を、誕生仏という。上半身は裸、下半身にはスカートのようなをまとい、右手をあげて「天上天下唯我独尊」と獅子吼ししくする姿で表わされている。

右手のあげ方は、頭の方へ少し曲げるのが一番多いが、ラジオ体操でもしているみたいに、頭を越えるほどぐっと曲げていたり、宣誓!とでも言うかのように右斜め上方にまっすぐ突き出していたり、さすがのお釈迦さまもまだ赤ちゃんだから左右がわからなかったのか、左手をあげてしまっていたり、いろいろあって、どれもみんなかわいい。

昔から、日本人はかわいいものが大好きだった。仏教が日本で広まった理由のひとつに、誕生仏のかわいさがあったのではないかと思ってみたりもする。

「きょう、お誕生日の人、いる?」「は~い」

(2023年4月12日)

文=西山厚

奈良で暮らし、奈良を愛してきた著者ならではの “奈良学” が満載の本書『語りだす奈良 1300年のたからもの』(西山 厚 著、ウェッジ刊)は、全国の書店およびネット書店にてお求めいただけます。

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西山厚(にしやま・あつし)
奈良国立博物館名誉館員、東アジア仏教文化研究所代表、帝塚山大学客員教授、半蔵門ミュージアム名誉館長。徳島県生まれ。京都大学大学院博士課程修了。奈良国立博物館で学芸部長として「女性と仏教」など数々の特別展を企画。奈良と仏教をテーマに、生きた言葉で語り、書く活動を続けている。主な編著書に『仏教発見!』(講談社新書)、『仏像に会う 53の仏像の写真と物語』、本書シリーズ『語りだす奈良 118の物語』、『語りだす奈良 ふたたび』(いずれもウェッジ)など

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