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そうだ、映画を観よう。

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おすすめ映画の紹介や、映画監督へのインタビューなどをまとめていきます。
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映画が生まれるまち|杉田協士(映画監督)

列車を降りて他に誰の姿も見当たらない駅を出ると、一軒だけある食堂が目に入った。中を覗き、汁物の麺料理を食べていた男性に声をかけ、持っていたメモ帳に目的地の街の名前を漢字で書いて見せながら、どうやったらそこに行けるかを身振り手振りで尋ねた。食べ終わるのを待つように、と読み取れるような動きだけ返してくれた。しばらく店の表で待った。 男性は原付バイクの後ろに乗せてくれた。山の中をうねうねとつづく坂道を登る間、重たいバッグを背負いながら、ただ振り落とされないことに集中していた。ずい

それぞれの悲しみのかたちを描く意味|映画『君の忘れ方』作道雄監督インタビュー

結婚式を目前に控えた時に交通事故で恋人・美紀(西野)を失った昴(坂東)は、ラジオ構成作家としての仕事を続けつつも悶々とした日々を送ります。母(南果歩)や同僚の勧めで故郷の岐阜に帰省し、そこで出会った人との触れ合いを通して訪れた心の変化とは──。 ──「グリーフケア」という、死別して悲しみを抱える遺族たちをサポートする概念があることをこの映画で初めて知りました。重いテーマだと思いますが、監督として、脚本家としてどのように向き合われたのでしょうか。 作道 2020年の秋の終わ

俳優・片桐はいりさんが語るミニシアターへの想い「味噌蔵みたいな映画館が好き」

 旅先で私は真っ先に映画館を探します。下準備もせずに知らないまちに行っても、小さな映画館が見つけられれば、もう「オールOK」。だって、そこに行けば確実に映画好きの人がいて、映画の話ができるんですから。「今どんな映画上映してるんですか?」から始まって「この辺でおいしい店ない?」「どこか面白いとこがあったら教えて」などと会話しているうちに、その土地のことが全部わかった気になっちゃう。シネコンだと、こんな私の”不規則質問”にはなかなか付き合ってもらえませんが、ミニシアターなら、多少

作家・川内有緒さんが巡る京阪神のミニシアター[京都・出町座篇]

 中学生の頃、友人たちと映画館に「グーニーズ」(リチャード・ドナー監督)を観にいった。子どもたちが冒険し、宝船を見つける。その勇姿に興奮した私たちは、もう1回観ようと席に残った。当時は入れ替えがなく、何度でも映画が観られた。  2度目のエンドロールが流れる頃には、すっかり映画の魔法にかかっていた。「グーニーズ」を超える冒険大作を作ろう! と決意した私は脚本と監督を担当。カメラを回すのは同級生。子どもたちは、四次元世界を冒険し、立派に仲間を救った。めでたし、めでたし! 完成し

綾瀬はるかさんの新たな一面を引き出した映画『ルート29』、姫路と鳥取を結ぶ国道29号線の旅

『こちらあみ子』(2022年)で第27回新藤兼人賞金賞をはじめとする数々の賞を受賞した森井勇佑監督とあみ子役を演じた大沢一菜さんが再タッグを組み、“あみ子”の映画がとても好きだったという綾瀬はるかさんを主演に迎えた本作品。今月1日には、東京国際映画祭のワールドプレミア*の舞台挨拶で3人が登壇しました。意外にも、東京国際映画祭のレッドカーペットを歩いたのは初めてという綾瀬さん。「マスコミの方との距離が近くて、緊張しました」と話します。 本作は、国道29号線を舞台にしたロードム

中原中也の青春時代が、スクリーンで甦る──映画監督・根岸吉太郎さん、かく語りき|[特集]山口、天才詩人の故郷

「幻の脚本」の存在 脚本家・田中陽造さんが、「ゆきてかへらぬ」というシナリオをお書きになったのは、かれこれ40年以上前です。大正時代、当時駆け出しの女優だった実在の人物・長谷川泰子を主人公に、詩人・中原中也、文芸評論家・小林秀雄との三角関係を描いたシナリオで、多くの映画監督たちが映像化したいと名乗りを上げつつ、長年実現できずにいた幻の脚本でした。僕と田中さんは、16年前に「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜」を共に制作したというご縁がありました。これほど素晴らしいシナリオを、日の

映画『とりつくしま』~故人の願いを映し出し、残された人に光をそそぐ

死んでしまった後に誰かのモノになれるとしたら、あなたは何になりますか──。すでに亡くなった人に、「とりつくしま係」がこの世への未練について、そして“とりつきたい”モノについて問いかけます。妻は夫のマグカップ、男の子は公園の青いジャングルジム……。考えた末に希望のモノを見つけ、それぞれの魂がモノに宿ります。 本作は、累計14万部を超えるロングセラーとなった短編連載小説『とりつくしま』(東直子著、筑摩書房、2007年)が原作。著者の娘である東かほりさんが原作11篇の中から4篇「

映画『彼方のうた』天性のカメラワークで純粋に、丁寧に人を映し出す

本作品は、喪失感を抱えた人を描き続ける杉田監督による長編4作目。第80回ヴェネチア国際映画祭ヴェニス・デイズ部門に出品されるなど、国内外の映画祭で評価を得ている。 書店員で働くヒロイン・春(小川あん)は、助けを必要としている見知らぬ人のことを思い、手を差し伸べていく女性。春は、かつて子どもの頃に街中で声をかけた雪子(中村優子)と剛(眞島秀和)と再び接点を持ったことで、自分自身が抱えている母親への思い、悲しみの気持ちと向き合っていく。 純粋に、丁寧に人を描く映画舞台挨拶では

【元町映画館】観客・映画監督たちと距離が近い 商店街の手作りミニシアター(兵庫県神戸市)|ホンタビ! 文=川内有緒

 神戸市長田区にある神戸映画資料館。貴重な映画フィルムをアーカイブするその場所に、1枚のモノクロ写真が飾られている。帽子をかぶった男性が大きな箱を覗いている写真だ。その箱とはキネトスコープ。エジソンが発明した映画鑑賞装置である。  1896(明治29)年、キネトスコープは神戸港に初上陸。「活動写真」なるものが披露され、人々を仰天させた。1932(昭和7)年には喜劇王・チャップリンも神戸を訪れ、10万人に熱烈な歓迎を受けた。いつしか神戸は「日本映画発祥の地」「映画の街」と呼ば

仏・マルセイユ国際映画祭で三冠 『春原さんのうた』が国境を超えて人々の感情を揺さぶる理由 | 杉田協士監督インタビュー

フランスのマルセイユ国際映画祭で日本映画初のグランプリを受賞し、ニューヨーク、サン・セバスティアン、ウィーン、釜山など数々の映画祭にも出品された『春原さんのうた』。大切な人を失い、喪失感を抱えた女性の日常が描かれている。物語の起伏は少なく、説明的な部分も少ない。観客は目の前で起きていくことがなんであるかを探りながら映画を観続けているうちに、遠い昔、忘れていた過去と感情が炙り出されるような錯覚に陥る――。 『春原さんのうた』を手掛けた杉田協士監督は、ニューヨーク映画祭のCur