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日常にひりひりを
椎名林檎の「無罪モラトリアム」というアルバムを買った時のことを覚えている。
14歳。
歌詞カードの血飛沫みたいなデザインが不穏で、買ったくせに正直聴くのが怖いと感じていた。
ところがプレイヤーにCDをセットし、再生ボタンを押したあとに流れる「正しい街」にわたしは魅了された。
なんだか息絶え絶えというか、切実な歌声と演奏。
やっぱり少し怖いけれど、それ以上にもっともっと聴きたいと思った。
それは、初めて経験した感覚だった。
苦しそうで、痛そうで、でもリピートしたい。
わたしの感覚はあの頃から止まっているのではないかと思う。
これは好きだと思った本の話。
最近読んだのは高瀬隼子さんの芥川賞受賞作。
「おいしいごはんが食べられますように」。
とても心を動かされた一冊となった。
食べることを大切にしている女性。
それを煙たく感じている主人公の男性。
食に対する価値観というのはかなり繊細である。
よかれと思って栄養のある食事を作る女性と、それを感じるほどにカップ麺を食べたくなってしまう主人公の男性。
主人公に共感する一方で、善意を鬱陶しく感じる原因は受け取り手にあるのだとも思う。
そのひりひり感がとても好き。
今読んでいるのが雨宮まみさんのエッセイ「東京を生きる」。
2016年に40歳で亡くなった雨宮さん。
今のわたしと同じ歳。
彼女の文章もまたひりひりとしている。
ほっこりとは対極の文章で、読めば読むほどに彼女の葛藤を感じる。
都会への憧れとか現実とかお金とか異性とか。
片田舎に暮らすわたしには別世界のはずなのに、わかる!という文章がこれでもかと出てくる。
ほっこりとした幸せよりもいいけれど、ちょっと陰を感じるようなものにも惹かれてしまう。
もういい大人なのにと思うけれど、本質は簡単には変えられないのだよなあ。
子ども達がYouTubeで「厨二病」という言葉を覚えた。
「お母さんも割とそうやで!」と言っておいた。
奇しくも椎名林檎のアルバムを買ったのは中2だった。
余談だけれど、椎名林檎も雨宮まみも福岡出身なんだって。
福岡、行ってみたいなあ。
ちなみにまさか高瀬隼子さんも?と思って調べたら愛媛出身だった。
四国も好きです。
都会とか地方とか男とか女とか。
そういうのもういいよと思っている反面、他人事とは思えない。
どうやらわたしは疲れがたまっているのかもしれなくて、だからこそひりひりしたものに触れたくなるのです。
今年もあと少しですね。