【連載小説】湖面にたゆたう(島田荘司「丘の上」の続編)⑫
「母さん、里美くんが家に遊びに来たいって!」
光一がスマホを片手にダイニングキッチンに駆け込んできたのは、梅雨の予感がする六月の始めだった。
友子は作りかけのおみおつけから一瞬顔を上げると、何事もなかったように視線を戻した。
「社交辞令よ」
お玉の中で味噌をときながら、続ける。
「どうして? 里美くんから家に来たいって言ってきたんだよ」
「お断わりしなさい。迂闊にお引き受けしようものなら、後でなんと言われるか」
「本当にそう言ってると思うけどなあ」
「なら、こちらの家じゃなくて、里美さんのお宅にお邪魔したいと言ってごらんなさい。先方から断ってくるはずよ。所詮その程度。ああいう人の言う事を鵜呑みにしてはいけないわ」
「どうして?」
「タレントだからよ。どんな切っ掛けで会う話になったのかお母さんには分からないけれど、彼が自分の印象を悪くする発言をするはずがないじゃない。きっと光一から、学校のお友達のような感覚で誘ったんでしょう? 里美さんはお愛想を言ったんだと思うわ」
味噌を溶かし終えると、背中で光一が問う。
「違うよ。僕が聞いたのは、どうして、そんなふうに里美くんを試さなきゃいけないの? ってこと」
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