【連載小説】湖面にたゆたう(島田荘司「丘の上」の続編)③
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翌朝、僕はどうしてもおじいさんが気になって、彼の様子を見に行こうとしたんです。すると母が「昨晩、お父さんがお電話したから大丈夫よ」って言って僕を止めました。
「でも、あんなにケガをしていたんだよ、夜のうちに具合が悪くなっちゃうかもしれないじゃないか」
「ケガ?」
母が不思議そうな顔をするので、僕は昨晩あったことをもう一度話したんですね。すると母はやさしく笑って、こう言ったんです。
「ああ、それも大丈夫。あなたは怖い夢を見たのよ。おさんがそうおっしゃっていたわ」
「夢?」
どうやら、おじいさんは家を飛び出して行く僕に追いつけず、そのまま見失ってしまったことを詫びたと言うんですね。僕から聞いた事件について父が尋ねると、そんな事実はない。
「きっと寝ぼけたのだろう」
おじいさんは、こう言ったそうなんです。
でも、夢にしては生々しいんですよ。目覚めた後だって、身体のそこここに感触が残っていました。前夜、有刺鉄線に引っ掛けてできた傷も、母に手当てされたまま僕の手に残っていました。
とにかくおじいさんの様子を見に行きたいと訴え続ける僕に折れて、母は菓子折りを持っておじいさんの家まで一緒に来てくれました。
僕はその日学校休んでいましたので、お昼前くらいだったと思います。昨夜の霧はそれこそ夢だったみたいに晴れていました。目覚めたときから倦怠感が続いていたことと、道を辿ると昨夜の記憶が蘇ったので、僕は終始うなだれていました。
ふと、トンネルを抜けた辺りから、アスファルトに黒く小さな点がぽつりぽつりと続いていることに気がつきました。はじめはさほど気にも留めなかったのですが、そのうちに、これが血痕だということが分かりました。主は道の途中で何度か立ち止まったのでしょう、1、2つだった染みが、数メートルごとにバタバタと重なっています。そして、おじいさんの家までその血痕は続いていました。
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