ラストマイル/インサイド・ヘッド2/偏見
映画「ラストマイル」を観に行った。ものすごく良かった。
前々から予告だけで面白そ~と思ってて、目的不明の爆弾なんてそれだけでわくわくする。ミステリ好きの血が騒ぐ。けれど調べると、『「アンナチュラル」と「MIU404」の世界線と交差するノンストップサスペンスエンタテインメント!』とあり、どうやら別のドラマと世界線を一にしている、シェアードユニバースムービーというやつらしい。「アンナチュラル」も「MIU404」も我が家にはテレビがないのでまったく知らず、世界観に着いてけるかなあと不安だった。ただそんなもの杞憂も杞憂で、脇役にいきなり星野源や石原さとみが出てきて、ああ彼らが別のドラマ軸での主人公なのねとなる。両作とも知らない私でも彼らの登場シーンは「ラストマイル」本編とはまた違った掛け合いの楽しさがあって、機会があればそちらも観てみたい。
それにしても「ラストマイル」、私の期待以上の出来で、ずっと興奮していた。観終わって少し経った今も興奮している。私は公式のあらすじくらいしか情報を持っておらず、誰が出るかとかも知らなかったけれど、それでも充分満足した。観終わった人たちとこの熱を交換し合いたいくらいだ。良かった! 良かった!! 良かった!!! サスペンス・ミステリということもあり下手な発言がネタバレになりそうなので何も言いたくはないけれど、胸の内に感想があふれ出てきて、もう仕方ない。圧倒された。ドラマ原作の映画化って正直そんなにいいイメージがなかったのだけれども、そんな偏見を吹き飛ばすくらいに脚本が見事で、演技もよくって、俳優陣も豪華で、良い映画を観た、と思った。
作中の舞台は物流業界。それは日本社会の縮図でもあり、主人公たちの大企業側、派遣社員、下請けの運送会社、そのまた下っ端のドライバー連中、あるいは消費者それぞれの場所から見る苦しさが如実に描かれていて、私もまた社会の歯車の端の端のほうの小さな小さななくても困らない部品であるから、身につまされて苦しかった。
ミステリとしても一流であればヒューマンドラマとしても過不足ない名作、驚いたり泣いたりハラハラしたりと感情が忙しかった。まだ公開されて四日目、きっとロングラン上映されるだろう。また観たい。こんどは「アンナチュラル」と「MIU404」を履修してから。観終わってからほかの人の感想を調べると、私が気付かなかったところでも両作の要素のある描写があったらしい。前作前々作のファンの心もくすぐりながら、初見の私の胸も揺さぶる。必ずまた観るから、それまでずっと上映し続けてほしい。
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今月は映画が豊作で、楽しみにしてたものがたくさんあった。中でも月頭に公開されたディズニー映画「インサイド・ヘッド2」。これも劇場の予告で観て、ぜってえ俺が好きだわというあらすじだった。主人公の心の中の感情たちがキャラクター化されて活躍するという。ヨロコビだとかカナシミだとかそういう名を冠して。
ディズニー映画って見たことがなかった。女児向けのものだという偏見があった。今回のインサイドヘッドはそのうえ続編であるみたいだ。1を観なければ楽しめないだろうなあと思い、あらすじこそ気に入ったけれど見ないでいいかと思っていたら、職場の上司が、テレビ放映された「インサイドヘッド1」でめっちゃ泣いたという。はーん、じゃあお試しに観てみてやるかとサブスクでレンタル、「インサイドヘッド1」を視聴する。子供向けで泣くわけないっしょw そうタカをくくっていたのもつかの間、ラストに進むにつれてあまりに涙が止まらないのでなんどもなんども画面を停止して鼻をかんだ。子供向けとか思っててごめんなさい。家族の情愛に私は弱い。強い人なんているのか? こんなん誰でも泣くだろう。おーいおいおいと涙のままに翌日の「インサイドヘッド2」の上映チケットを予約した。
土曜日だった。札幌ファクトリー。中流以上のファミリー層向けのテナントの多いショッピングモールだ。一人の三十路の独身男性の私は、併設されている映画館で、カップルやら家族やらの群れに囲まれながら、「インサイドヘッド2」の開場を待った。石とか投げられないか不安だった。中年独身男性が土日にディズニーなんて観に来るんじゃねえ! と。私の心の中のハズカシがずっと私を震えさせていた。
予約していた座席は複数人のお客様の邪魔にならないような前列の端、すみません私めにも視聴の機会を与えてくださいと腰を低くしながら座席に座った。本編を待つ。劇場内は家族の声でにぎやかだ。私の心の中のカナシミが言う。平日の夜とかにしておけばよかったね。そうだね、そうだ。でも俺は今観たいんだ。インサイドヘッド1の感動が薄れない今。ハンカチは準備してあった。以前、「屋根裏のラジャー」という神映画を観に行ったときに泣く作品とは思っていなくて手ぶらで行って、結果顔中泣きはらして鼻水ずるずるさせたまま終映後いそいでトイレに駆け込んでトレぺで顔を拭いた記憶があるから。「インサイドヘッド2」、果たしてお前は俺を泣かせることができるかな? アホほど泣いて帰った。ハンカチを持ってきてよかった。泣いてはいるけど胸の中にはヨロコビでいっぱいだった。カナシミもハズカシももうどこにもいない。観てよかった。観てよかったあぁ!
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子供向けだとかドラマ原作だとか、そういう理由をつけて忌避するときがある。映画に限らずどんなジャンルの娯楽でも。そういう偏見は実に取り除くのが難しくて、しかし幸い私は今月、ふたつの特大な物語の力でその枷をぶち壊されたのだった。圧倒的な物語はいつだって受け手読み手の世界を開いてくれる。私はそれを小説で何度も味わってきた。映画でもまた新たに味わった。気持ちがいい! と心が叫んでいる。物語に触れる楽しさは何度味わっても足らない。
「ラストマイル」が始まる前のほかの映画予告で、「踊る大捜査線」の室井慎次を主人公にした映画の広告が流れた。「踊る大捜査線」の劇場版こそ、私がドラマ原作映画を忌避するきっかけになったもののひとつで、1と2は最高にいいけど3とFINALがイヤすぎた。あと「交渉人 真下正義」。それでなんとなく、今年の春あたりに「踊る大捜査線」が帰ってくると知ってからは微妙な気持ちになっていたのだけれど、予告を見る感じ、良さそうだった。公開は前後篇、10月と11月。私は「踊る大捜査線」への偏見を打ち破れるだろうか。打ち破れたならとても嬉しい。秋冬まで生きる理由ができた。室井慎次の新作を今から心待ちにしている。