内臓とこころ
赤ちゃんは、たった十月十日の間に何億年にも及ぶ水中生物から陸上生物の進化の歴史を再現して生まれくるそうだ。
だから、人は進化の歴史の生命の記憶とそのおもかげが宿っているという。
それを実証したのが、解剖学者である三木成夫先生で、その詳細は『胎児の世界』に書かれている。
三木先生が描く胎児の世界は、単なる学問の世界を超えて、全ての人に共通し、細胞の記憶として残り続け受け継がれているひとつの大宇宙のような広がりを感じる。
私が今回読んだ、三木先生の処女作である『内臓とこころ』は、赤ちゃんが誕生し発育してゆく中で、こころが形成されていく過程について、保育園で講演されたものをまとめたものである。
解剖学では、手足や脳、目や耳などの感覚器官、つまり、からだの外側の壁を造っている部分を『体壁系』といい、からだの内側に蔵されたはらわたと呼ばれる部分を『内臓系』と分類している。
三木先生は、幼児期の排泄や、舐めたり、指を指したり、言葉を覚えたりする成長の過程で、体壁からの情報がはらわたを刺激し、あたまが、こころを形成するという。
それは、さながらホモ・サピエンスの誕生を再現したものであり、3歳児の世界にその全てが秘められているのではないかと考えられている。
外部からくる情報は、例えばこころのときめきや、心臓のヒヤリ、緊張でお腹が痛くなったり等、あたまよりも全てこころやはらわたで直接感じることが多い。だから、あたまと並んで、腸が第2の脳と呼ばれる所以だと思う。
ここ数年で世界は激動し、私の生活も一変した。リアルで物事を感じていたものが、バーチャルの世界が多くなり、それに従い、こころで物事を感じることが減って、生活は便利になったものの、あたまでっかちになっている。
だが、私が幸せを感じるのは、五感を駆使してこころが満たされたときではないだろうか。例えば、自然の温かさやにおいに包まれたとき、丁寧に作られた温かみのる最高の食事をしたとき、人の温かさに触れたとき等だ。
人は何か辛い出来事が起き、望んでいない方向に行動するとき、こころを殺す。
三木先生の『内臓とこころ』を読みながら感じたことは、現在の環境はこころを形成する過程にある子どもたちを阻害しているのではないかということだった。
便利さを求めるあまり、過剰に自然環境を破壊してしまったり、人と人が争い、つながりが希薄になりつつある。便利さは取捨選択する等、少しずつ方向を変えていかないと、未来を、すごい進化の歴史をからだに宿している人類へ引き渡してゆくことができなくなってしまう。
内臓系と、体壁系の両方を大切にし、バランスをとってこそ、人は進化し続けるのではないだろうか。
三木先生の愛溢れる講義からは、もっと人の中に潜在し続けている力、治癒力であったり成長し続けてゆく力等を信じていいと感じる。そして、自身のからだは地球に存在する物質で形作られた宇宙そのもので、それをあたまと、こころ両方で理解し感じ、私の中にも存在する生命サイクルとしての宇宙をどう繋いでゆくかを三木先生に問われているような気がしてならない。
(完)
本記事は、以下の書籍の感想文です。
その他の参考文献は以下のとおりです。