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【保存版】外資系SaaSユニコーンの日本事業立ち上げから学ぶ、エンタープライズSaaSグロース戦略

こんにちは、志村(@hiro_shimu)と申します。私はここ10年以上、Salesforce・Boxなど外資系SaaS企業で日本事業の立ち上げに携わってきました。直近は世界最大ユニコーンであるByteDanceにてエンタープライズSaaS事業の責任者を務め、外資SaaSユニコーンの日本事業立ち上げについて知見・経験が多くあります。

外資系SaaSの日本市場立ち上げで実践する内容には、日系SaaSの事業立ち上げにも活用できる共通のエッセンスがあります。

本日は外資系SaaSユニコーンの日本事業立ち上げから学ぶ、SaaSユニコーン流グロース戦略について解説します。1万字以上の保存版です。

「日本市場向けのGo-to-Market戦略(GTM:どう日本市場で展開するか)・0からのビジネスプラン作成とは?」

「日本拠点の組織設計・本社との効果的なコミュニケーション方法とは?」

これらの全てのノウハウを詰め込みました。ぜひご覧ください。

<想定読者>
・外資系SaaS企業の日本事業立ち上げに携わる方、携わりたい方
・日系スタートアップのB2B SaaS事業を立ち上げている方


1. GTM戦略の作り方

一般的に、日本に営業拠点を作る前に本社は市場調査を行っており、その結果をふまえて日本市場への参入を決断しています。

私はByteDanceに入社後、それらのレポートをじっくり読んでみましたが、それよりも最初の1ヶ月で様々な企業からいただいたフィードバックのほうがよっぽどGTM戦略の策定に役立ったと感じています。市場調査レポートはあくまで参考情報にとどめておくのがよいと思います。

第1~3章では以下の論点について説明をしていきます。

GTM戦略策定における論点
・ターゲットのセグメント(エンタープライズ or SMB)
・ターゲットの業界
・売り方の戦略
・直販 or パートナーモデル
・大前提:ローカリゼーション

1-1. ターゲットのセグメント(エンタープライズ or SMB)

いきなり私見で恐縮ですが、SaaSビジネスはエンタープライズをターゲットにするべきだと考えています(現在の会社では従業員数1000名以上と定義しています)。

それは単純に、ライセンスビジネスを行うなら小さな案件を数多くこなすよりも、ARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)で数千万円〜数億円の顧客を増やしていったほうがビジネスとして旨味があると思うからです。

プロダクトによってそもそもSMB向けのものもありますが、その場合はなるべく営業工数がかからないようなセルフサービス型のプロダクト設計にしたり、より充実したオンボーディング用コンテンツの準備が必要になってきます。

もちろんエンタープライズ向けのプロダクトにもそれは必要な要素なのですが、案件単価が低く、チャーンレートが高いSMBではより重要です。

1-2. ターゲットの業界

汎用的なプロダクトの場合は、ターゲットの業界も決める必要があります。

まずは新しいサービスを受け入れてくれやすいテクノロジー業界を必ず含めるのが王道かと思います。

セキュリティ要件は厳しくなりますが、IT予算が潤沢な金融業界やライフサイエンス業界を狙うというのも手です。SWOT分析を行い、自社プロダクトが得意な領域や、競合プロダクトに対して優位性がある領域を選定します。

ただ、これまで私が一緒に働いてきた優秀な営業の方々は、業界を問わず「この会社のCIOはアーリーアダプターだから狙ってみよう」とか「この会社のIT部長とは前職のコネクションでアポを取れそうだから行ってみよう」など、個人の判断で自由に動いていました。

数字を上げることを意図したこういった活動はまったく問題ないと思いますし、むしろ自発的にこういうことができる人材が立ち上げ初期には必要です。

「いかに早く各業界のトップ企業に導入いただき、成功に導いて事例化するか?」

保守的な日本の大企業に新しいサービスの導入を展開していくためにはそれがもっとも効率のよい考え方なので、そういった意味でも上記の行動は理にかなっていると思います。

外資系ユニコーンSaaSの 日本事業立ち上げから学ぶ エンタープライズSaaSグロース戦略 (1)

1-3. 売り方の戦略

売り方の戦略としては、Land & Expand(ボトムアップ)とトップダウンの両方を狙えばよいと思います。

もし経営層に直接提案する機会があれば、しっかりビジネスケースを準備して全社提案を仕掛けたらよいですし、まずは部門単位で導入して徐々に広げていき、最終的にELA(Enterprise License Agreement:全社導入用の特別なライセンス契約)につなげるという方法も当然有効です。

いずれにせよ、ユースケースや事例は業界/部門/役職という3つのレイヤーで用意しておくと提案しやすくなるので、デモ環境を含めて、プリセールスが早期に営業アセットを準備することが重要です。

外資系ユニコーンSaaSの 日本事業立ち上げから学ぶ エンタープライズSaaSグロース戦略 (2)

ターゲットのセグメントと業界について決まったら、次は直販でいくかパートナーモデルでいくかを決めます。これがGTM戦略においてもっとも重要な論点になると私は思っています。

2. 直販 or パートナーモデル

皆さんは日本のIT市場の特性をご存知でしょうか?

・米国などの海外に比べてシステム開発を内製する比率が低い
・かなりの割合をSIerやコンサル会社に外注

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出典:平成30年版 情報通信白書 - 総務省(第1章 我が国のICTの現状 より)

ベンダー側から見ると、オンプレミス型のERPやRPAなどはパートナーモデルと相性がよく、リセラーパートナーがライセンス販売とそのインプリを行うケースが大半となっています。

パートナーはライセンスのマージンよりも、主にその開発プロジェクトのほうで利益を出しています。ちなみにIaaSやPaaSベンダーは、自社のプラットフォーム上で開発を行ってくれるパートナーをいかに増やしていくかが死活問題となります。

ところがSaaSの場合は話が変わります。

設定はプログラミング不要なので、インプリの工数は低く抑えられます。顧客にとってはよいことですが、そこで利益を出してきたSIerやコンサル会社にとっては「SaaSを売ること」にあまり経済的なメリットがありません。

パートナーがライセンス販売を行うと、営業活動にかかる人件費のほか、問合せの一次受けなども行わなければなりません。費用対効果を考えると、やはり旨味は少ないように思えます。

2-1. パートナーにとってのカスタマーサクセス

SaaSはカスタマーサクセスが非常に重要な役割を担いますが、その点もパートナーモデルとは相性が悪いです。

契約していただいたユーザーに無事にオンボーディングしてもらい、継続利用から将来のアップセルにつなげるためには、SaaSベンダーが持っているサービスの利用状況データ(ログイン率、利用時間、データの作成件数など)を元に、フォロー先の顧客選定やアクションアイテムを決めていきます。

パートナーにはそのデータがないため、また通常はCSM(カスタマーサクセスマネージャー)の人員までは抱える余裕がないため、SaaSベンダーが自らやるほうが効率的なのです。

これらの点を考慮して、例えばSalesforceやSlackの日本法人は直販モデルを基本としており、自社で営業やカスタマーサクセスをまかなえる陣容を整えています。

2-2. パートナーとの協働について

ここまでSaaSのパートナーモデルについてネガティブな話をしてきましたが、実はパートナーが必要となるシーンも多いです。

すべてのSaaSベンダーがSalesforceのような強いプロダクトをもっているわけではありませんし、特に立ち上げ初期の段階では、プロダクトを購入する顧客側から、すでに取引口座のあるSIerからライセンスを購入したいとリクエストしてくることもあります。

また、自社のマーケティング活動だけでは足りない分をパートナーと協働して補ったり、ターゲットとしているエンタープライズ企業に食い込むためにコネクションを活用させてもらったりするのに、やはりパートナーの力が必要になるのです。

自社プロダクトの特性やターゲットとなるセグメント/業界などが、パートナーがラインアップとして抱えているプロダクトや戦略と組み合わせたときに相乗効果を産むような場合は、前向きに提携を考えてよいと思います。

忘れてはならないのは、パートナーとなるSIerなどはスクラッチ開発を含めて様々なプロダクトを提案できる立場だということです。

ベンダー側のメンバーとはプロダクトに関する知識量や売るモチベーションは異なりますので、特に提携初期の頃は、案件を紹介いただけたら基本はベンダー側の営業とプリセールスにてクロージングまでもっていくことを意識するのがよいと思います。

なるべく早期に、「このベンダーと付き合うと我々にメリットがあるな」とパートナーに思ってもらえるかどうかが、その後のビジネスを大きく左右します。

私はこれまで様々なパートナーと協働してきましたが、どんなに使い勝手がシンプルなプロダクトであっても、エンタープライズ向けの提案やオンボーディングにはSaaSベンダーだからこそ意識している様々なTipsがあり、難易度は決して低くないと感じています。パートナーにひとり立ちしてもらうには、トレーニングやOJTを数回実施する程度ではまったく不十分です。

2-3. SaaSにおけるディストリビューターモデル

そう考えると、二次店を配下に増やしていくディストリビューターというモデルは、SaaSではあまり機能しないといえそうです。

ベンダーはパートナーとお互いのビジネスを拡大するため、密にコミュニケーションを取り続けるべきです。ディストリビューターが、SaaSベンダーにとって最適な二次店の選定や育成、管理を行うことは非常に難しいため、ディストリビューターはハードウェアに適したパートナーモデルだというのが私の考えです。

少し補足をしますと、私の経験では、マクニカネットワークスさんはBox Japanにとって素晴らしいディストリビューターでした(きっと今もそうでしょう)。それは、そうなるにふさわしい投資とコミットをしてくれたからです。反面、他のSaaSベンダーが他のディストリビューターと独占契約を結び、盛大に失敗した例も聞いたことがあるので、慎重になっておいて損はないと思います。

パートナーモデルに関する論点のまとめです。

外資系ユニコーンSaaSの 日本事業立ち上げから学ぶ エンタープライズSaaSグロース戦略 (3)

3. 大前提:ローカリゼーション

ここまで触れませんでしたが、プロダクトがローカライズされていることは大前提です。

日本は言語の壁が高く、画面のラベル名や使い方のガイドが日本語でそろっていないとまともに使ってもらえません。もし不十分な場合は、優先度MAXで本社にエスカレーションする必要があります。

なお、外資系の場合はプロダクト戦略や価格については本社側で決めるので、機能リクエストを上げたり価格体系の変更を提言をすることはできますが、日本チームはあまり大きな影響力を持つことはできないと考えたほうがよいでしょう。

4. マーケティングプラン

私はマーケティングの専門家ではありませんが、業界経験の長いマーケティングディレクターと一緒にプランを作ったときに「これはどんなプロダクトでも大枠は同じになるな」と感じました。

細かいTipsはいろいろあると思いますし、継続的な改善を行うにはやはり知識と経験のある人が必要ですが、プランの考え方としては以下のとおりかと思います。

まず、取りうる施策はオフラインとデジタルに分けられます。

4-1. オフラインの施策

オフラインの施策
・自社セミナー/イベント
・展示会
・コミュニティ
・テレビCM
・タクシー広告

自社セミナー/イベントなどは、リモートワークが続くこのご時世なので当面はオンラインで実施するしかないと思いますが、逆に気軽に参加していただきやすく、場所に制約がないため参加人数に上限を設けなくて済むことはメリットになるかと思います。

テレビCMは億単位でお金がかかるのでなかなか難しいと思いますが、タクシー広告は数百万円から実施できますし、カメラによってディスプレイの前に座っている人の年齢層や性別などからしっかりターゲティングできるので、B2B向けのプロダクトでも効果が期待できます(ここ数ヶ月はまったく需要がなかったと思いますが・・)。

4-2. デジタルの施策

デジタルの施策
・SEM(GoogleとYahoo!のリスティング広告やディスプレイ広告および、自社サイトのコンテンツ充実などによるSEO対策)
・Facebook広告(タクシー広告同様、こちらもターゲティングの精度が高いのでB2Bでも効果が期待できます)
・TwitterやFacebookの企業アカウントによるツイート運用
・YouTubeへの顧客事例やプロダクトデモの動画アップロード
・新機能リリースや事例など定期的なプレスリリース(メディアに取り上げられることを期待)
・記事広告
・KOLマーケティング

最後の「KOL(Key Opinion Leader)マーケティング」は、リードの創出だけでなく認知度やブランディングの向上にも非常に有効な打ち手だと思います。

これは例えば堀江貴文さんや田端信太郎さんなど、ビジネスパーソンに影響力のある人と一緒に自社プロダクトのプロモーション動画を作成し、自然な形で彼らのTwitterやYouTubeチャンネルで取り上げもらうというものです(KOLは自分が共感したプロダクトの仕事のみ受けてくれます)。それなりにお金はかかりますが、一気に認知度を上げる可能性を秘めたおもしろい施策だと感じます。

※SaaSではありませんが、堀江貴文さんによるテックエキスパートのPR動画/KOLマーケティング例

4-3. アウトバウンドの対応

あとはアウトバウンドの対応をどうするか、営業部門とよく相談して決めたほうがよいと思います。

上記はマス向けの施策なので、ターゲットとしているエンタープライズのリードが都合よく入ってくるかは不明です(むしろ入ってこない可能性のほうが高いです)。

なので、例えばテレマーケティングを外注して「東京都、テクノロジー業界、従業員1000名以上の会社」にテレアポを取るなり(2%くらいの確率でアポを取ってくれます)、ABM(Account Based Marketing)を検討するなりの方針を決め、トライ&エラーでやってみるのがよいと思います。

その場合、3ヶ月なら3ヶ月と期限を切り、リード数や商談数など事前に目標の数字を決めて、結果の数字と照らし合わせてその施策が成功だったか失敗だったかをしっかり振り返ってから次のアクションを決めます。

数字のデータがないと本社にも説明がつかないため、継続的な予算が確保できなくなる可能性があります。

4-4. マーケティング予算について

ある程度プランニングができたら、自社運用/外注を切り分けて広告代理店に相談と見積り依頼を行い、やりたい施策、それにかかる費用、想定効果をまとめて本社にリクエストを上げます。

ただ、ほとんどの場合はCPL(リード1件あたりのコスト)で見られてしまい、「これは高すぎる」と突き返されると思います。本社の判断ロジックはすべてROI/数字です。

このプランを書いている段階では、日本市場ではまだプロダクトの認知度が低い状態のはずです。

「ポテンシャルの大きな日本市場でビジネスを拡大させるため、いま認知度やブランディングを向上させなければ未来はない」

という定性的な面も熱意をもって丁寧に説明し、可能な限り多くマーケティング予算をもらえるように交渉を行います。

4-5. オペレーションの考慮

想定通りのリードが獲得できたとして、それをフォローできる体制ができているか?という点もよく検討しておく必要があります。

フォロー体制で考えるべきポイント
・インバウンドのリードに対して、MAツールを活用してサンクスメールからナーチャリングまでメール送信を自動化するか、当面は人手で対応するか
・電話でフォロー対応を行うインサイドセールスの専任を置くか、営業担当がそこから対応するか

他部門のメンバーとも連携して、このタイミングでオペレーションまで考慮しておくとよいと思います。

5. セールスプラン

本社から有無を言わさずACV/TCVの目標数字が落ちてくるケースが大半かと思いますが、もし本社と一緒に目標設定ができる場合は、以下の3本柱の数字を積み上げて作るのがよいと思います。

リードソースの3本柱
1. マーケティング・インバウンド
2. セールス・アウトバウンド
3. パートナー

5-1. マーケティング・インバウンド

マーケティングについてはすでに説明したので割愛します。

5-2. セールス・アウトバウンド

セールスのアウトバウンドとは、ターゲット企業の代表番号などに電話をして担当者につないでもらったり(いわゆるコールドコール)、役員などにお手紙を書いたりする手法がよく知られています。

海外ではLinkedInのメッセージもアウトバウンドの手法として広く活用されているのですが、日本ではビジネスツールというより転職ツールと見られているせいか、あまり機能していないようです。

私もLinkedInのSales Navigatorというツールでターゲットにメッセージを送ってみたことがあるのですが、受注まで至ったのは0件でした。

これは私のターゲティングがよくなかったせいもあるかもしれませんが、外資系SaaSの他社でも「試してみたが効果がなかった」という話を聞いたので、やはり今のところ日本ではあまり有効ではなさそうです。

いまだに多くの会社でコールドコールが行われていることを考えると、非効率とはいえ一定の効果があるのだと思いますが、インバウンドリードを増やす施策や既存案件に注力したほうが結果的には数字は上がるというのが私の考えです(とはいえ数字が足らないときはアウトバウンドで補う必要があります)。

他にも、営業個人のコネクションを活用してアポを取ったり、ターゲット企業の社員が参加していそうなイベントやコミュニティ活動に参加して、そこでコネクションを作るという手法もあります。こちらのほうが筋のよいアウトバウンド活動だと思います。

ところでエンタープライズをターゲットとする場合、営業1人あたり数社をキーアカウントとしてノミネートし、アカウントプランを作成することも有効だと思います。目的は、ELAを受注することです。

アカウントプランに含めるべき内容は以下です。

・社内のアカウントチーム
・ターゲット企業および業界に関する現状と課題
・提案のポイント
・案件の進捗を阻むリスク要因
・人脈マップ(特にチャンピオンの特定が重要)
・ELA受注までの目標タイムフレームとアクションプラン
・複数のプロダクトがある場合はLoB(業務部門)とのマトリックス表
→どの部門にどのプロダクトが入っているのかを俯瞰できるようにしておく

大きな案件を受注するには営業1人の力では絶対に無理です。自社のマネジメントメンバー、プリセールス、CSM、アライアンスマネージャーなど、複数のメンバーと常に同じ目線でいる必要があります。

そうすることで営業は協力を得やすくなりますし、アカウントプランのセッションにて、自分では気付けないようなアイデアをチームメンバーからもらえたりもします。

最低でも四半期ごとにアクションプランの進捗などを更新して、メンバーとセッションを実施する運用ができれば、アカウントプランには大きな効果があります。

更新が難しければ時間の無駄なのでやめてしまってもよいと思いますが、提案金額が大きく複雑なプロダクトの場合は、プランがあったほうが適宜軌道修正できてELAの受注確度は上がるので、社数を絞ってでもやることをオススメします。

外資系ユニコーンSaaSの 日本事業立ち上げから学ぶ エンタープライズSaaSグロース戦略 (4)

私は営業に関しては「チャレンジャー・セールス・モデル」という本をバイブルにしていますが、もっとも意識していることは、顧客がまだ知らないインサイト(顧客自身が考えもしなかった、コスト削減や利益アップの新しいアイデアや問題提起)をいかにして提供するかということです。

顧客社内の稟議を通すためにしっかりと数字でビジネスケースを作り上げることも大切ですが、商談初期でELAに向けたよい流れを作るのはこの「インサイト」が鍵になると私は考えます。

「顧客の業界や顧客自身についてよく勉強し、自分が社長だったらどうするか?」

これを何度も何度も考える必要があります。売れる営業は、担当顧客についてそれくらい自分ごとのように時間を使っているように思います。

とはいえ、相手に応じてメッセージは変えることも大切です。

・経営層向けには大きなビジョンとROI
・IT部門向けにはシステムの運用負荷軽減
・現場向けには日々の業務効率化

5-3. パートナー

少し話がそれましたが、これから3本目の柱の「パートナー」について説明をします。直販ではなくパートナーモデルを選択した場合、前述のとおり私だったらディストリビューターを作らない前提で、Win-Winの関係を築けそうなリセラーを探します。競合製品をメインで扱っているようなところはいったん除外します。

個人のコネクションなども活用してパートナー候補の会社にコンタクトし、お互いメリットがあるかどうかを協議します。晴れてパートナーになっていただけた暁には、両社でビジネスプランを作成します。内容は、各四半期ごとの目標ACVや具体的なアクションアイテムなどです。

内容のエッセンスはどこのパートナーとも以下のような形になると思いますが、プラットフォーム系のプロダクトの場合、自社プロダクトとパートナーのプロダクト/サービスを組み合わせたパッケージ作成がビジネス拡大の鍵になります。

・オフライン/オンラインの共同セミナー開催
・共同プレスリリース
・企業ブログやニュースレターへの掲載
・自社プロダクトに興味がありそうな既存顧客などターゲットアカウントを選定して共同セリング

パートナーとは継続して以下の定例を行い、ビジネス推進のリズムを構築します。

・隔週などで案件の進捗レビュー
・四半期ごとにQBRを実施して目標値に対する達成率の確認
・未達の場合は原因の追求とリカバリープランの策定

5-4. セールスプラン全体のまとめ

まず、3本の各柱でどれくらいのリード数が獲得できそうか施策ごとに検討して数字を算出し、そこから例えばリードからの商談化率を30%、受注率を20%、平均商談単価を500万円とざっくり仮置きして、それぞれ掛け合わせた数字を各四半期の目標ACVのベースにします。商談期間を3ヶ月とするなら、施策を行う翌四半期に計上しておきます。

そして、アカウントプランを作成しているようなターゲットのビッグディール分を+αとして追加すると、プランとしてはこれでちょうどよい塩梅になるのではないかと思います(大きな商談をまとめあげるのは難しいことなので、保守的に見積もっておいたほうがよいです)。

目標数字が先に決まっている場合は、上記数字から逆算していって目標達成に必要なリード数を算出し、施策レベルに落とし込みます。

目標達成に必要なリード数
目標数字 ÷ 平均商談単価 ÷ 受注率 ÷ 商談化率 = 必要リード数

日本チーム全体のビジネスプランに対しては、本社のマネジメントチームとQBR(Quarter Business Review:四半期毎のレビュー)を実施します。もし数値目標が未達だったとしても、データや具体例などを添えてロジカルに原因や状況を説明し、リカバリープランを提示することが重要です。

これがうまくできないと、マイクロマネジメントをされて無駄な工数が発生するリスクが生じます。

QBRや定常的な本社へのレポートは、カントリーマネージャーの重要な職務のうちの1つであり、日本チーム全体の評価につながるものです。各メンバーは可能な限りその準備に協力をすることで、自分自身の仕事のしやすさにもつながることを意識しておくとよいと思います。

6. 日本チームの組織設計

戦略とプランを実行するために、効果的な組織を構築する必要があります。以下にそのポイントをご紹介します。

6-1. The Model + アウトバウンド専門組織

SaaS企業の組織といえば、言わずと知れた "The Model" です。

私は守破離という考え方が好きで、まずはSaaS王道のこのモデルを実装し、そのあと自社独自の状況に合わせて組織やKPIを変えていくのが、最速で最適な組織を作る方法だと考えています。

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出典:営業効率を最大化する「The Model」(ザ・モデル)の概念と実践

マス向けのマーケティング活動をする以上、まずはリードの受け皿をしっかり作ります。そしてターゲットをエンタープライズに置く場合は、この図にはありませんがアウトバウンド専門の組織(もしくは営業がその役割も担うという取り決め)なども検討が必要になります。

カスタマーサクセスに関しては、私は1つ大きなこだわりがあります。

それはアップセルをKPIに置かないということです。

CSMはあくまで顧客側について、プロダクトを最大限に活用することにフォーカスするべきです。アップセルをKPIにしてしまうと、お客様が成果を上げる前に追加費用のかかる「売り込み」をしてしまい、信頼を失うリスクがあるからです。

また、提案の品質についても、その道のプロである営業+プリセールスに任せたほうが受注率は高くなるはずです。

プロダクトを使いこなせれば自然とアップセルにつながりますので、お金まわりのことは営業と分業して、CSMはとにかく顧客から信頼をされる存在になることが、LTVの最大化につながると私は信じています(営業へのトスアップ数をサブKPIに置くのはアリだと思います)。

なお、"The Model"の肝は分業自体にあるのではなく、各部門のリーダーが自部門のKPIを組織全体の戦略/目標と紐付けて理解し他部門と協働することにあります。

そのため、縦割り組織の弊害が出ないよう、組織横断的な売上責任をもつCRO(Chief Revenue Officer)を設置するSaaS企業が海外では一般的になってきています。いずれ日本にもそのトレンドはやってくるのではないかと思います。

6-2. 日本事業の立ち上げメンバー

初期メンバーの採用も非常に重要です。

あなたが外資のカントリーマネージャーになり、初期立ち上げメンバーを採用するなら誰を選びますか?

もし私がカントリーマネージャーで10名分のヘッドカウントがあるのなら、プロダクトの特性にもよりますが以下の構成にします。

日本チームの初期メンバー(10名)
1. カントリーマネージャー
2. 営業ディレクター
3. 営業担当
4. マーケティングディレクター
5. アライアンスディレクター
6. インサイドセールス
7. プリセールス
8. 導入支援コンサルタント
9. CSM
10. カスタマーサポート

1. カントリーマネージャー
営業ディレクターが兼任することもありますが、私はマネジメントを行う専任を置いたほうが組織全体のパフォーマンスを最大化できると考えます。

2. 営業ディレクター
自分がプリセールスの立場として、これまで様々なエンタープライズ営業の方と仕事をしてきたのですが、億単位の商談を決める人は、いわばアーティストに近い感覚の持ち主だと感じることが多々ありました。

いくらトレーニングを積んでもそのような人材は量産できません。過去の実績や業界内の評判などから「この人だ!」という方に出会ったら、あの手この手で口説き落としてぜひチームメンバーに加えてください。

立ち上げ初年度に大きな商談を受注できるかどうかは、その後のビジネスの行方を大きく左右します。つまり営業ディレクターになる人が、事業立ち上げ成功の鍵を握っているといえます。

営業の人数については、当面は営業ディレクターと営業担当の2名体制でよいと思います。

4. マーケティングディレクター
5. アライアンスディレクター
マーケティングやアライアンスのリーダーも非常に重要なポジションで、人によって雲泥のパフォーマンスなので慎重な採用が求められます。経験があり、プランニングから実行までできる人を選びたいです。

7. プリセールス
プロダクトまわりの機能リクエストや不具合対応、本社からのロードマップ情報の収集はプリセールスにて行う想定ですが、予算が許せばプロダクトマネージャー(ローカリゼーションマネージャー)もほしいです。

プロダクト関連のタスクをまとめて対応してくれるメンバーが1人いるだけで、組織全体の生産性は確実に上がります。

本社の考え方にもよりますが、売上重視で初期から営業メンバーの頭数をそろえるよりも、日本での長期的なビジネス拡大を見据え、まずはしっかりとしたオペレーションがまわせる体制を作りたいところです。

最後に

いかがでしたでしょうか?私が10年以上、外資系SaaS企業の日本事業立ち上げに携わった経験から徹底解説を書きましたが、到底1万字だけでは書ききれません。

今までの多くの苦労・経験から、エンタープライズSaaS事業の立ち上げ相談にもTwitterのDMなどで個別に受け付けております。

外資系に関わらず、日系のベンチャー・スタートアップ等のB2B SaaS関係者の皆様にもお役立ちできるかと思いますので、どうぞお気軽にご連絡ください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!


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