いじめられっ子、立場逆転。
私はかなり一人遊びが好きなタイプの子供だったため、あまり『ハブケにされる』ことに抵抗はなかったつもりだ。
しかし、小学二年生のときに近所の子供たちに『無視をされ続ける』というイジメだかなんだかわらないイジメらしきもの(?)を受けて、朝 外に出られなくなったり、口数が減っていった時期があった。
はっきり言って今では全然気にしていないし、その子たちとの接点はほぼない。
それ以上に家庭のヤバさがヤバかったんで、その子たちのヤバさなどヤバいのうちに入らないと思っている。
もちろん、ひとを無視してその困惑する姿を嘲笑うなど、あまり感心できるものではない。
当時はあの子たちは“チビッコ”ゆえ、いま(現在)の私が許しているだけだ。
そんなあの子たちは、自分たちがイジメた女の子をどう見ているのかなぁ。
もちろん、もう女の子ではないけどね。
年に一度くらいは顔を合わせるけど、気まずそうにしてらっしゃる。
そりゃそうだよね。
まわりに『このひとすごいイジメっ子だったんだよ』なんて話されたら面倒くさいだろうし。
私はそんなこと言わないし、イジメっ子であった事実は消えないし。
それでも、彼女らの目に微量の恐怖が浮かぶのを私は気付いてしまう。
いま、イジめられていても。
いつか立場は逆転する。
イジめられた側はイジメっ子の弱みそのものになるんだから。
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