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第3話 音楽鑑賞 -回る音に心を重ねて-

「理子さん、今週末、お時間ありますか?」

リハビリ室で作本がいつものように声をかけてきた。彼が新しい提案をしてくるのはすでに予想していたが、何を持ち出してくるのか、理子は少し興味を抱きつつ問い返した。

「また何か新しいことを考えてるの?今度は何をするつもり?」
理子は机の上にある資料から顔を上げ、作本の明るい表情を見た。

「実は、音楽を一緒に聴きたいんです。しかも、レコードで聴く音楽です。」

作本は楽しそうに話すが、理子はその言葉に驚いたように目を丸くした。

「レコード?懐かしいわね…。私、実は父が持ってたレコードを子供の頃に聴いていたことがあるのよ。けど、最近は全然触れてないわね。」

理子は少し懐かしそうに思い出しながら答えた。彼女の父親はレコードを大切にしていた世代で、週末にはよく古いジャズやクラシックをかけていた。その音が理子の子供時代の記憶と結びついていた。

「お父さんがレコードを持ってたんですか!じゃあ、理子さんにも馴染みがあるんですね。今、レコードが再評価されていて、音質が自然でリラックス効果も高いって言われているんですよ。感情を安定させたり、ストレスを軽減したりする効果もあるって。」

作本はレコードの魅力を熱心に説明していた。
「音楽にそんな効果があるなんて知らなかったわ。私は散歩とか運動くらいしかストレス解消の方法を考えたことなかったけど、音楽も効果的なのね。」

理子は考え込むようにしながらも、作本の話に少し興味を持ち始めた。音楽がただの娯楽ではなく、心を落ち着ける力があることに気づき始めていた。

「近くにレコードを聴ける音楽喫茶があるんです。そこなら、お父さんのレコードを思い出しながら、リラックスできると思いますよ。」

作本の提案に理子は少し戸惑いながらも、興味が湧いていた。

「そうね…ちょっと懐かしい気分に浸るのも悪くないかも。」
理子は微笑みながら、彼の提案を受け入れることにした。

週末、理子と作本は、彼の提案で街の音楽喫茶にやってきた。

店内はアンティークな家具で彩られ、静かな雰囲気が漂っている。壁にはレコードが並べられ、店の中央には大きなレコードプレーヤーが置かれていた。ここは、音楽を楽しみながらゆっくり過ごせる、地元の隠れた名店だった。

「ここ、素敵な雰囲気ね。静かで落ち着くわ。」

理子は店内の様子を見回しながら感心した。普段、音楽を楽しむ余裕のない彼女にとって、この店の空気は新鮮で、どこか懐かしい感じもした。

「そうでしょ?ここの音楽喫茶は、レコードの音を楽しむための特別な場所なんです。温かみのある音が心地よくて、つい時間を忘れてしまうんですよ。」

作本は嬉しそうに話しながら、二人は店の窓際の席に腰を下ろした。まるで昔の映画のワンシーンのような雰囲気に、理子は少し緊張しながらも、どこか期待感を感じていた。

「レコードで聴く音楽って、そんなに違うものなの?今までデジタルでしか音楽を聴いたことがないから、どんなものか興味があるわ。」

理子は、少し期待を込めた声で問いかけた。彼女の生活は忙しく、音楽をじっくり楽しむことはなかったため、作本の言う「違い」を感じ取ることができるか不安だった。

「そうですね、最初は違いが分からないかもしれませんが、聴き込むうちにレコードの音の深みや、ちょっとした温かみが感じられると思いますよ。」
作本は店員に注文を終え、店内に流れるレコードの音楽を指差した。ゆったりとしたジャズの音色が店全体に広がり、空気そのものがゆっくりと動いているようだった。

理子は目を閉じて音楽に耳を傾けた。彼女にとって、音楽はただの背景音であり、リラックスするためのものだとは考えたこともなかった。しかし、この柔らかな音色が彼女の心の奥に響いていく感覚は、これまでに経験したことのない新しい感覚だった。

「…たしかに、デジタル音とは違うわね。なんだか、心の中に直接届いてくる感じがするわ。」

理子は驚いた表情でつぶやいた。音楽がただ聴くだけではなく、彼女の心の奥深くに作用しているのを感じた。

週末、理子と作本は、街の小さな音楽喫茶にやってきた。外観は落ち着いた雰囲気で、扉を開けると店内には優しいジャズの音が静かに流れていた。壁にはレコードがびっしりと並び、アンティーク調の家具が配置されている。理子は店内の空気に包まれると、懐かしさが胸に広がるのを感じた。

「ここ、いい雰囲気ね。父が昔よくかけていたレコードのジャズが懐かしいわ。」

理子は微笑みながら周囲を見渡した。レコードの音を久しぶりに耳にしたことで、子供の頃の思い出が鮮やかに蘇ってきた。

「そうでしょ?ここではアナログの温かみのある音を楽しめるんです。レコードの音はデジタル音源と違って、どこか柔らかくてリラックスできるんですよね。」

作本は楽しそうに説明し、二人は窓際の席に腰を下ろした。

「父がよく週末にレコードをかけて、家族でゆっくりした時間を過ごしてたのを思い出すわ。あの時の音って、今聞いても変わらないのかしら。」

理子はソファに座り、心地よい音楽に耳を傾けた。店内に流れる音楽は、レコード特有のかすかなノイズが混じりながらも、どこか懐かしい響きを持っていた。

「レコードの音って、少し雑音が入ってるところがまたいいんですよね。昔の記憶を引き出してくれるというか。音楽って、記憶と深く結びついているんですよ。だから、こうして昔の音楽を聴くと、いろんなことを思い出すことがあるんです。」

作本は、理子の表情がどこか柔らかくなっているのを見て、さらに音楽の効果について語った。

「確かに、昔のことを思い出すわ。父がレコードをかける時のあの独特な手つきや、母がその間に紅茶を入れてくれた光景…。音楽とともにいろんな思い出が蘇ってくるのね。」

理子は目を閉じて、レコードの音楽に包まれながら過去の記憶をたどっていた。父親の姿や、家族で過ごした何気ない日常が、まるで昨日のことのように鮮明に浮かび上がってくる。

「それが音楽の力なんです。特にレコードはその独特の音が記憶と結びついて、感情を安定させたり、ストレスを軽減する効果があるって言われてます。」

作本は理子が音楽に浸る姿を見ながら、さらにそのリラックス効果について話を続けた。
理子は、ただ音楽を聴くだけではなく、音に触れながら自分の過去や思い出に向き合う時間がもたらす不思議な感覚に、静かに感動していた。

理子は静かに目を閉じ、レコードの柔らかな音に耳を傾けていた。父親がレコードをかけ、家族で過ごした何気ない時間が、心の奥底から引き出されるように鮮やかに蘇ってくる。その一方で、彼女は最近の忙しさや、自分が見失いかけていた大切なことにも気づき始めていた。

「やっぱり、こういう静かな時間って大事ね。最近、仕事ばかりで自分のことをあまり考えていなかった気がするわ。」

理子は静かに目を開け、作本に向かってポツリとつぶやいた。

「理子さんもそう思いますか?音楽って、ただリラックスさせてくれるだけじゃなくて、自分と向き合うきっかけになるんですよね。僕も、忙しいときほどレコードを聴くんです。音楽を通じて、頭の中が整理されて、気持ちが落ち着いてくるんです。」

作本は優しく微笑みながら、彼女の言葉に耳を傾けた。彼自身も、仕事に追われる日々の中で音楽が心の支えになっていることを実感していた。

「そうね…。仕事のことで悩んでるときも、こうやって音楽を聴くと、少し距離を置いて考えられるのかもしれないわね。父のレコードを聴いていた頃、何も考えずにただ音楽に身を委ねていたあの感覚が、今でも私の中にあるみたい。」

理子は、音楽がもたらす静かな時間の中で、今まで忘れていた心の余裕を取り戻しつつあった。

「それに、こうして誰かと一緒に音楽を聴くのもいいですよね。一人で聴くのももちろんいいですけど、誰かと共有することで、音楽がもっと深く感じられる気がします。」

作本は、穏やかなトーンで話しながら、音楽の力が人とのつながりを強めてくれることを感じていた。

「確かに。父と一緒に聴いていた頃のことを思い出すわ。一緒に音楽を聴くことで、言葉にしなくても心が通じ合っていた気がするの。今、あなたとこうして音楽を聴いていると、なんだかその頃の感覚を思い出すわね。」

理子は微笑みながら、作本に向かって感謝の気持ちを込めて言った。彼の提案が、彼女にとってどれほど大切な時間をもたらしたかを感じていた。
店内にはレコード特有のノイズ混じりの音楽が、静かに流れ続けている。理子は、その音に包まれながら、過去の記憶と今の自分を重ね合わせていた。レコードの音が、まるで彼女の心の中に直接届き、内面的な整理を促しているようだった。

「こういう場所、もっと早く知っていればよかったわ。これからは、もう少し自分の時間を大切にしようと思う。」

理子は自分に対しても言い聞かせるように、そうつぶやいた。

店を出た頃には、空が夕焼け色に染まり始めていた。理子と作本は並んで歩きながら、心地よい静けさを共有していた。理子は、この音楽喫茶で過ごした時間が、思いのほか心に響いていたことを感じていた。

「今日は本当にありがとう。音楽がこんなに自分に影響を与えるとは思ってもみなかったわ。」

理子は、少し感慨深げに作本に礼を言った。音楽を通じて過去の記憶が蘇り、感情が安定するのを感じたことで、彼女は自分に新しい視点を持つことができた。

「こちらこそ、楽しんでもらえて良かったです。音楽って、こうやって自分の中にあるものを引き出してくれる力があるんですよね。理子さんにそう感じてもらえて嬉しいです。」

作本は笑顔で答えた。彼もまた、理子と一緒に音楽を楽しみ、共有できたことに満足感を感じていた。

「それに、音楽が感情を整理してくれるっていうのも、意外と本当だったのね。ストレスが少し軽くなった気がするわ。最近はずっと仕事のことばかりで、あんまり自分の気持ちに向き合う時間がなかったから、こういう機会が持てて良かった。」

理子は深呼吸し、胸の中のわだかまりが少しずつ解けていくのを感じていた。音楽が、ただ聴くだけでなく、心の奥に潜んでいた感情や思考を整理する手助けをしてくれたのだ。

「音楽って、人と共有するのもすごくいいんですけど、一人でじっくり聴くのもまたいいですよ。レコードの音って、時間がゆっくり流れているように感じるんです。だから、忙しいときこそ一人の時間を大切にしてほしいですね。」
作本は理子の変化に気づきつつ、音楽がもたらす心の余裕について語った。

「そうね…。たまには一人で音楽を聴いて、リフレッシュする時間も必要かもしれないわね。父のレコード、まだ実家に残っているかしら。今度帰ったときに探してみようかしら。」

理子は、幼い頃の思い出が詰まった父のレコードをもう一度聴いてみたいという気持ちが湧いてきた。あの懐かしい音楽が、また新たな感覚を彼女にもたらしてくれるかもしれない。

「いいですね。それに、もしよかったら、また一緒に音楽喫茶に行きましょう。理子さんにぜひ聴いてほしいレコードがたくさんあるので。」

作本は楽しそうに提案した。理子も、彼とまたこうしてリラックスした時間を過ごすことに対して前向きな気持ちを抱いていた。

「そうね、また誘ってもらえると嬉しいわ。」

理子は軽く微笑みながら応じた。彼女の中に、新しい扉が開かれたような感覚があった。音楽を通じて自分と向き合うことの大切さを感じ、今後は仕事だけでなく、自分の心を大切にする時間も意識していこうと決意していた。

夕暮れの中、二人は少しゆっくりとした歩調で、穏やかな空気を感じながら帰路に着いた。

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