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短編小説 神屋宗湛 - 砂浜に町を描いた男 - (1)
短編小説『神屋宗湛』 - 砂浜に町を描いた男 -
こちらは、ななくさつゆりの短編小説です。
1記事につき2500~3000字程度のショートストーリーを4~5記事に分けて連載いたします。
こちらは木曜日更新の予定です。
今回は時代物です。
西暦で1587年ごろのお話。
当時の筑前国博多は、戦国の世において幾度も戦火に苛まれ、町が焦土と化していました。
そんな折、九州平定を成し遂げた関白・豊臣秀吉が博多に凱旋し、先を見据えての町の再興の話がはじまります。
後に「博多町割り」や「太閤町割り」と言われる出来事。
(※このころ秀吉はまだいわゆる「太閤さん」ではありません)
一方、博多には博多衆を代表する豪商・神屋宗湛らがいます。
宗湛や宗室は、博多復興のため町割の実施を託されたのでした。
町を立て直す者達の気風。
当時の博多という町の在り様を描きつつ、その時代の先陣を切ってひた走る者達がどのような思いで「町割り」に臨んでいったのかという情景を描いた短編です。
白砂青松
白砂の浜に鳥の影が走った。
一羽が海へと飛び出し、続いてもう一羽の鳥が出でて後を追う。壮年の男がひとり、砂浜でその影を目にした。
一瞬で過ぎ去った影に翼らしきものを見る。はためく姿を想い描いて空を見上げた。
海の上には雲ひとつない青空が広がっている。見渡せば、空と海とを分かつ水平線のあたりに、時折交差しながら悠々と飛ぶ二羽の鳥の姿があった。
「あれか」
あの二羽が、先ほど海へ飛び出した影の正体に違いないと、男はひとりで納得する。二羽の鳥は空でやがて黒点になり、透き通る空に呑まれて消えた。
🌊
男は、白砂の浜に身を屈める。
細波の音に聴き入り、砂地を睨んだ。煤けた木の棒を手に、砂をなぞり幾つもの線を縦に横にと引いていく。
僧帽を被り、法衣を身に纏った男の背には青い松原が立ち並んでいた。
浜辺に寄りそって広がる千代の松原。
風が松を揺らしている。男は碧海から寄りくる風と松籟の心地よさに浸っていた。
後ろから、その男を呼んで低く太い声が飛んでくる。
「貞清」
呼ばれた方は、白砂に線を引くことを止めてふり返った。
「おや、徳さん」
法衣を着て頭を丸めた男が、松の影から砂を踏んで歩み出てくる。
🌊
男は島井徳太夫と言った。
徳太夫は無言で頷き、貞清に告げる。
「間もなくだ」
「では、関白様が?」
「じき、拝謁の間に入られる。黒田様や石田様らはもう入ったらしい」
徳太夫は指先までしゃっきりとした仕草で貞清を促した。
さらに、
「博多衆を代表する手前、遅参はならんぞ」
と、短く言い切る。今度は貞清が頷いた。
「にしても、徳さん。そんな怖い目をした坊さんがどこにおりましょうか」
貞清は、徳太夫の人を射通す目つきを見て、軽やかに言及する。
「俺は普段通りよ。坊主の前に商人である」
「商人にしても、ですよ」
このふたりは剃髪し、法衣こそ身に纏っているが、本来の性分は商人と言えた。だが、徳太夫はやたらと眼光が鋭く、逆に貞清は町人の気安い気性を隠せないでいる。
「島井の徳さんなら、眼光一つで財を成せましょうよ」
「であれば、だいぶ楽なのだが。土倉の取り立ても、海を渡っての商いもせずに済むだろうが。しかし、ひと睨みで財を手にするのは武士のやること。我らは儲けで生きるのみ」
貞清は冗談を講じてみたまでだが、さらりと生真面目に返してしまうのがこの男。
「この博多で、練酒だけ作って成り上がれるのであればどれだけよいか。だがこの乱世で、そう容易くはいかん」
この境地に対する共感が、二人の足並みを同じ方角に向かせていた。
🌊
徳太夫と貞清は、自らが乱世に生きる商人であることを自覚している。
堺衆にしろ、博多衆にしろ、この時世に生きる商人が大名らに接近して成りあがるには、僧籍に入るのが必須の礼法と言えた。
徳太夫は三年前に、貞清は前年の暮れに得度を受けて法号を有している。
貞清としては、この男が京の大徳寺で、頭ついでに気質も丸くなればと期待したものだが、綺麗に剃り上げた徳太夫は、日焼けした肌に鋭い眼光がなおさら浮き彫りになる様相で博多に帰ってきた。
その際、徳太夫は得度を受けたことで宗室と号するに至る。
博多の豪商、島井宗室である。
「僧形にはまっておらぬは、お前とて同じことよ」
と、言って宗室は鼻を鳴らした。
「それは確かに」
貞清もまた、その言葉に反論する気は毛頭ない。
実際、にわかづくりの生臭坊主もいいところだった。
貞清も、宗室に続いて貴人と接するために得度を受けたはいいが、剃髪した頭は風通りが良すぎて未だに馴染めない。
大徳寺の古渓和尚から授かった僧帽を被っているのも、頭に触れようとする風へのささやかな抵抗だった。
「結局、私も徳さんも、町と商いが先にあるのです」
「そういうことだ。お前もまた、宗湛と号するようになったわけだからな」
「ええ。今や博多衆、神屋宗湛でございます」
宗湛は煤けた木の棒を手放した。
棒は先端が僅かに炭化しており、力を込めれば折れそうなほどに乾いてしまっている。
今朝、博多の町を散策していた折に拾ったものだった。焼け落ちた板材の一部だろう。この頃の博多は特に荒れていた。
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