ポメラDM250を使ってみた話
【ポメラDM250の使い心地についてレビューしているだけの雑文】
ポメラを買って、1ヶ月半が経った。
私にとって2代目のポメラである。1代目は、中古で買ったDM25。そして今回買ったのが、満を持しての最新機種、DM250である。
使いこなしたと言うにはまだまだおこがましい、いわば出戻りの初心者なのだが、せっかくなので使い心地について書き残しておこうと思う。新しい経験は、新鮮なうちに記録しておくに限る。
ちなみに、1世代前のDM200は使ったことがない。なのでいささか古い驚きが含まれているかもしれないのだが、そのあたりは大目に見ていただければ幸いである。
・ストレート型キーボード
なにを今更と言われるかもしれないが、まあ聞いてほしい。
冒頭で述べたとおり、私にとっての初代ポメラはDM25だ。初めて触ったときには衝撃を受けた。キーボードが、真ん中からぱつりと折れて閉じるようになっていたのである。そのおかげで、畳んだときの本体サイズはほぼ正方形に近いような見た目をしていた。コンパクトで画期的である。
けれどそのギミックゆえに、扱いには慎重さが要求された。早い話が、丁寧に扱わないと壊れるのである。精密機器なのだから当然といえば当然なのだが、例えば「ノートパソコンを開け閉めする」よりも「ポメラのキーボードを開いたり畳んだりする」ほうが気を遣う動作だということは想像に難くないだろう。なにせ本体にも、正しい手順で開閉してくれという注意書きがでかでかと貼ってあったくらいである。そして不安は的中し、私のDM25はそのギミックゆえに、壊れた。
久々に手にしたポメラはストレート型であった。ノートパソコンを開閉する程度の慎重さがあれば問題ない。手軽で大変よろしい。コンパクトさは犠牲になったものの、そのぶん画面が大きくなり、文章の全体像が見渡しやすくなった。
良いじゃないか、DM250。
・電子辞書
私はよく辞書を引く。
と偉そうに言ってみたが、なんということはない。せいぜい「言葉の意味をよくネットで検索する」という程度である。紙の辞書も電子辞書も長らく触っていない。ただ、言葉の意味を正しく知りたいだけだ。言葉において、書き手と読み手が同じ言葉を同じ意味で認識している、というのは、最低限度の前提だと思っている。そして一般的に正しいとされる内容を確認するには、辞書を引くのが手っ取り早い。
驚くなかれ。ポメラには辞書が搭載されている。しかも、国語辞典だけではない。英和辞典と和英辞典も入っている。しかもしかも、類語辞典まで入っている。更に、辞書機能を立ち上げると、いちばん選択しやすい位置にあるのが類語辞典なのだ。ブラボー、キングジム。さすが事務の王様。文章を書く民衆のことをよく解っている。
素敵じゃないか、DM250。
・比較/分割
文章を書くみなさんに、プロットを書く、という習慣はあるだろうか。あるいは草稿とか、メモとか、下書きとか。
そういうものを書いたあとで、いざ本文に取りかかるとする。見たいではないか、プロット。並べて書きたいではないか、本文。できるのである。そう、ポメラならね。
DM250には、なんと画面の分割機能がある。2つの画面で別々のファイルを開けば比較、同じファイルを開けば分割である。これが便利なのだ。
例えば比較機能を使えば、プロットを見ながら本文が書ける。もちろん2つの画面は自在に行き来することができるので、本文を書きながらプロットを調整することだってできる。
例えば分割機能を使えば、長文を書くときも安心だ。序盤を見ながら、矛盾の無いように終盤を整えることができる。あるいは冒頭に書いた凡例を見ながら、記号の使いかたを確認することができる。
PCであればウインドウを並べるだけで事足りるのだが、同じことがこの小さなポメラでもできると思うと、なんというか、感動ものである。痒いところに手が届く。
便利じゃないか、DM250。
・QRコード
私はnoteが好きである。noteを読むときはスマホを使う。けれど書くときは、断然PCだ。フリックよりもキーボード入力のほうが、思考とアウトプットの速度が一致しやすい。だから、noteに投稿するような長さの文章を書くときには、基本的にPCを使っている。スマホのメモ帳で書くこともあるにはあるのだが、大抵一度PCに移して、清書していた。
だが。ポメラである。スマホ以上PC未満。noteを書くのにこれ以上適切なツールはない。
しかし問題がある。ポメラはインターネットに接続できないのだ。ポメラからnoteを更新することはできない。ではどうするか。
ここで登場するのが、QRコードである。
ポメラには、文章をQRコード化する機能がある。専用のスマホアプリで読み取ると、文章をスマホに読み込めるというわけだ。ブラボー。
この機能自体はDM25にもあったのだが、読み込める文字数が飛躍的に増えていた。DM25では3,200文字しか読めなかったのだが、DM250では、なんと驚異の20万字。文庫本1冊半を転送できる計算である。
結果、どれだけ長く書き綴っても、涼しい顔でスマホに転送し、そのままnoteへアップロードできるようになった。
最高じゃないか、DM250。
・変換精度
これはもう、感覚の問題なのだが。DM250、かなり賢くなっている。
思えば先代DM25。「なぜそうなった?」という変換結果が頻発していた。ちょっと小難しい表現など使おうものなら「なぜそこで切った?」という変換を寄越してくることも多々あった。それがストレスだった。私にとって、キーボード入力の最大のメリットとは「思考とアウトプットの速度が一致する」なのである。変換精度が低いと意味がない。
DM250を使ってみて気がついた。変換に関するストレスがほとんど無い。とてもスムーズに書けるのだ。なんでもATOKが強化されたらしい。これはもう、使えば解るレベルの進化である。
素晴らしいじゃないか、DM250。
書きたいことはいろいろある。充電式で電池交換の手間がないとか、にもかかわらずバッテリが長持ちするとか。白黒反転できるので、黒背景白文字にカスタムできるとか。起動が速いとか。他にもいろいろ、細かいことが。
つまるところ、今のところ快適に使えているということである。もちろん不満が無いわけではないのだが、まあ、メモと思えば許せる範囲である。(行末の句読点を詰めたあとの、改行の処理とか。なんとかならないだろうか、キングジム様)
私は文章を書くのが趣味である。猛烈な勢いで書いていることもあるし、しばらく書かないでいることもある。気まぐれである。
どちらの距離感でも良い。なにせ、ぱっと開いてさっと書いてすっと閉じられるのが良さである。私のコンディションにかかわらず、ただ書きたいときに書けるツール。
どうやら、私はこのポメラと仲良くやっていけそうである。
これからも頼んだよ、相棒!