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自分のことをどれだけ書けるかやってみたーその13

恋とは盲目である。


もう、長らく恋しいお方がいるのです。
もう、底無し沼です。
ついつい現実逃避です。

自分のことを書いてきた。嘘はついていない。
それでもまだまだ書き足りていない。書いていないことがある。
今日はそんなことを書いていこうかと思う。

わたし、熱しやすく冷めやすい。
好きだと思うと一気にその気持ちが天井を突き抜けてしまう。
そしてその情熱というのか欲望?が落ち着くと嘘みたいに引いていく。

相手が手の届かない存在だとしても
この世には存在しない存在でも
お構いなしで、好きだと思ったらもう頭の中は
想像を超えて妄想が加速度を増して、その存在で染められていく。

もう、いい加減、大人になったのだから
そんな風に暴走することもないだろうけれど
これはもう、もって生まれた気質のようなものなのだろう。
そこはきっといくつになっても変わらない、
変われないものなのかもしれない。

そう、わたしにはいわいゆオタク気質が流れている。
次元を超えて恋をしてしまうのだ。

現実だろうが現実ではなかろうが、好きという気持ちが爆走するときがある。

本人からしてみると本気なのだけれど
きっと、ドン引きされる話なのだ。

若いころはもう、次元の境をお構いなく行ったり来たりしていたのだけれど
現実世界でも恋はしておりました。

とにかくわたしは惚れやすい。
大概が一目ぼれで、玉砕。
振り返ると、涙の片思いの話ばかり。

妄想の世界では幸せなのに現実ではうまくいかない。

そんなことにだんだん気づいて冷静になっていくものです。

そしてどこかで何となく現実を冷静に受け止めてわたしは大人になった。

そう、気づいたのです。

自分が好きだと思ってしまうタイプの人とはうまくいかない。

意外と自分のことって分かっていないんだと痛恨するのです。

きっとわたしは、わたしが好きなように自由にのびのびとせてくれる人がいいのだと思います。
お互いがお互いに好きなことをして干渉しない。
そんな時間があっているのだと思います。

けれど、わたしはどこか俺様的な圧倒的カリスマ性のある人が好きだったりします。特に二次元世界、お話の世界だと、そのキャラクターが持つ、別の顔を丁寧に描いていたりする。だから、その人物を感じることができる。そしてその部分こそが、その独善的な行動へと繋がっているんだと思うと、キュンとしてしまう。この人のそばにいてあげたいと思ってしまう。
おそらく、自分の想像で、自分の都合のいいように解釈をして世界を作ってしまっているのでもう、なすすべがない。
ただただ、好きになってしまうのだ。

けれど、現実世界ではそんなことはない。
相手には相手の想いがあり、価値観がある。
いくらわたしが歩み寄ったところで、相容れない場合も多々ある。

ましてや自分の気持ちのままに生きていたい想いが強いわたし。

合うわけがない。

何を熱弁しているんだろうとうっすら頭の片隅で思ってはいるけれど
気分だけは『命短し、恋せよ乙女』なのだ。

もう、いい大人なんだから、親なのだからと自制してしまい
この豊かな妄想力を失っていいものなのだろうか。
そう思うのだ。

美しく、年齢を重ね、晴れやかに生きたいとも思う。
その年齢の自分にしか想えない感情もあるのだろうし、大切にしたい。
それと同じぐらいに
わたしはどこかずっと幼いのだ。
きゃぴきゃぴとしていたいのだ。

ギラギラしているのはどうかと思うけれど、
脳内はホルモン全開でいつまでも恋をしていたいのだ。

いや、恋というよりは幸せな妄想劇場を堪能していたいのだと思う。

ふと現実に戻るとぞっとすることもあるけれど
それでも、好きとか楽しいとかいう気持ちを大事にしていきたいのだと思う。

ある人から見るときっと実に無駄な時間であり、
そんなことをしてるならもっと為になる何かをしたらおいのかもしれない。

娯楽、エンターテイメント、アニメ、漫画、映画、音楽、
そういったすべての極みで文化や芸術と言われるものなどなど
そういったものは極端に言えば血なまぐさくて、人、そのものなんだと思う。
この世界が自然と創りだすものとは違って、完全な透明ではなく、それぞれの思惑がドロドロと渦巻いているものを内在したそのものにもわたしは美しさを感じる。

その鋭さがえぐいほど、美しさが増すこともある。
自分の感情が爆発しそうになるようなこともある。

そうゆう激しさをきっと持っているのだけれど、それを露骨に出すほど情熱家ではわたしはないのかもしれない。

狭い世界で、一人、都合のいい想像をして、喜んでいる程度の人間なのだから、害はないのだろう。

もう、夢に見るくらい、四六時中考えている自分がいる。
それを客観的に見ている自分もいる。
そこには長い長い、恋のお話が展開されている。

昨今の重い世界の話から逃げたいのかもしれない。
無知であり、無力な自分が嫌なのかもしれない。
情けない。
それでも、この世ではない世界にリアルを求めて、生きることを求めて、
グダグダと生きている。

絵が描きたい。
物語を綴りたい。
声をあげたい。

そう、すべてを捧げたい。

何に?

思考に。

勝手にしろ。

そんな話し。

わたしは不安定な時こそ、一番、安定しているのかもしれない。

脳ミソの大半を使って
わたしは恋の妄想街道を爆走している。

無邪気なものだ。
呑気なものだ。

ほんとはこの狂い死にしそうなぐらい好きな人の名を叫びたいのだけれど
きっとそんなことをしたら
ハリセンで「うるせぇ💢」と叩かれそうなのでやめておく。

沼にどっぷりと浸かる。

こんなときはとにかく何か書いてしまいたい。

そこから世界が始まって
物語が始まる。

だから盲目の恋も悪くはない。








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