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小説

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#短編小説

廃墟

廃墟

廃れた街の中心にそびえたつビル。

街のすべてを吸い込み吐き出して息をしていた面影はもうなく,その栄光は錆びた茶色い涙を流す看板だけが知る。

やがて刃が向けられた。

いとも簡単にその服は剥がされた。

ガラガラと音を立てて崩れていく。時折,鉄と鉄がこすれあって悲鳴を上げる。最後の抵抗も空しく,非情なほどに淡々と作業は進められていく。

ずたずたにされむき出しになった鉄の骨はこの時を待っていたか

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おもてなし

私の行きつけの店で、いつもいいようにしてくれる店の主人がいる。

その店は、有名なクチコミサイトでの評価は常に星4位上をとっていて、行くたびにお店はほぼ満席状態だ。これだけ繁盛しているお店でも、私が予約の電話をすれば必ず席を取っておいてくれて、おまけにちょっと高めのいわゆる裏メニューを出してくれる。
私が会社の上役に昇進したときのお祝いにこのお店を使って以来の付き合いだ。はじめはちょっといいお通し

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レジ

レジ

「久しぶり」
そう呼びかけられて、ふと前を向くと知った顔があった。僕の自分勝手な自己陶酔の果てに悲しみと青春の痛みを与えてしまった彼女が。
気怠いコンビニの深夜バイトが始まった冷たい春の夜の初めに彼女は現れた。

「引っ越ししてここ近所だからよく来るんだよね。」
そんなことを言っていたかもしれない。そんなことがわからなくなるくらい僕はショートした機械のように停止する。大学から近いからという理由

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トンネル

残業から解放されて疲れた体を引きずりながらいつもの電車に乗り込む。帰宅ラッシュを過ぎた車内ではまばらに座席が空いていた。中途半端に空いていた座席に体を沈ませる。隣の女は鬱陶しそうに体を少し避け訝しげにこちらを一瞥するとすぐに目を閉じた。
自宅までの最寄駅まではここから20分くらい。束の間の休息。家に帰ればやりかけの家事が待っている。これをやるためのエネルギーを温存するために私も目を閉じた。

かれ

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ダイビング

ダイビング

僕の仕事は海へ潜ることだ。
正確にいうと、空の白い窓から降ってきた”言葉”から関係するものを海から拾ってきては陸に上げる。
その繰り返し。

僕の仕事場は普段は浅瀬から広い海原の向こう側まで。時には、海の底に埋まっているボロボロの鉄屑や洞窟に巣食う海獣たちを横目にキラキラとした宝石を拾っては陸にあげる。

最初は探してくるのに時間は掛かったけれど、最近はボンベが軽量化してフィンの扱いにも慣

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冬

しんと静まり返った真夜中の部屋でピンポーンと妙に高いインターホンの音が鳴る。こんな時間に宅配?何かたのんだ覚えはないが、重たい腰を上げて玄関まで行くと、雪だるまの冬が玄関の外に立っていた。

飛行機雲

負けた。

それを認めてからはあとは楽だった。自分が人生の成功者でもなく世界を革命的に変えられる力がないことも,あの子を幸せにできるような力もないことを認めることも,すでに分かり切っていたことなんだ。ふと見上げた空に一筋の白い線が引かれていた。それは,真っ青なキャンバスを2つの世界に分断する線でどこまでも続いていく。自分の中の小さなプライドが邪魔をして認められなかった世界を分かつ境界線は今は重たく

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チョコレート

チョコレート

届くはずもない贈り物。それでも届けたくて,慣れない手つきで作る。レシピ通りに慎重に正確に分量を量るけど,小さなことで重たくなったり軽くなるこの気持ちは正確になんて量り切れない。

成功しますようにと願いを込めてオーブンへ。

焼きあがるまでの時間が一番もどかしい。ピピピッと音がして,オーブンのほうへ駆けつける。中は暗くて何も見えない。息を止めてそっとふたを開けた。

自動販売機

大きな公園の片隅に自動販売機がある。そこで売られているのは、お茶やコーヒーでも一服するためのタバコでもない。本が売られている。週に1回業者がやってきて補充作業をしているから、いついっても新しいものが入ってる。

その自動販売機には、「あったかい」「冷たい」「苦い」「甘酸っぱい」の4種類があった。前を通りかかった初老の男が立ち止まり、自販機にコインを入れる。そして、「甘酸っぱい」のボタンを押した

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初雪

初雪

雪が降った。

私が住んでる地域は普段雪が降らなくて,小学生の頃は雪が積もれば大喜びして外へ出て兄弟と雪だるまを作って遊んだ。窓の外を見ると大喜びではしゃぐ小学生が見えた。人生はこうやって繰り返すものなのかしらんと石油ストーブがぼうぼうと音を立てている傍らでコーヒーを片手にぼんやりと老けた考えに思いを巡らしてみる。こんな日は家でゆっくりするのが一番だ。本棚に積みあがっている読みかけの本に手を伸ばし

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工場

工場

AM6:00:起床

AM6:04:「おはよう」のメッセージが届く

AM6:07:カーテンを開ける

AM6:10:顔を洗う

AM6:13:歯を磨く

AM6:15:化粧

AM6:20:着替え

AM6:23:服装が決まらない

AM6:25:妥協していつものスーツを選択

AM6:29:パンを食べエネルギー注入

AM6:43:抜け殻をかき集める

AM6:47:洗濯機予約

AM6:49

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ピアノ

ピアノ

私はピアノが嫌いだ。

正確に言うと,ピアノが弾けない自分が嫌いだ。幼稚園の頃からピアノ教室へ通っていた。4人グループの中で私は一番出来の悪い生徒だった。感覚でピアノを弾いていた私は,レッスン中に先生が指摘するリズムの間違いをどうしても理解することができなかった。頑張るけれどいつまでたっても治らない。家で練習しようとしても,年上の姉が馬鹿にするような目で私を見てきてどうにも練習がはかどらない。そう

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観覧車

観覧車

すたれた遊園地の中で観覧車は回る。古びたゴ赤いンドラの1つに人影が2つ。

向かい合って座る2人の間に差し込む夕日は静かに沈んでいく。やがて頂上に達したとき2つの影は1つになった。

風船

風船

風船が飛んでいくのが見えた。どこかで結婚式か盛大なお祭りがあったのかなと思いながら,自分には関係ないことだと公園のベンチに座り物思いにふけっていた。

ぼんやりと座っていると,嬉しそうにスキップをしながら赤い風船を持った女の子がお父さんに手を引かれて歩いてる親子が目の前を通り過ぎた。次の瞬間,女の子は転んで手を放してしまい少女の風船が空へと昇っていく。小さな手から離れた風船は,自由を得た鳥のように

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