ピアノ
私はピアノが嫌いだ。
正確に言うと,ピアノが弾けない自分が嫌いだ。幼稚園の頃からピアノ教室へ通っていた。4人グループの中で私は一番出来の悪い生徒だった。感覚でピアノを弾いていた私は,レッスン中に先生が指摘するリズムの間違いをどうしても理解することができなかった。頑張るけれどいつまでたっても治らない。家で練習しようとしても,年上の姉が馬鹿にするような目で私を見てきてどうにも練習がはかどらない。そうして練習しない私を先生はいつもみんなの前で甲高い声で怒った。それがどうしようもなく恥ずかしくて情けなくて,自分がダメな人間だというレッテルを貼られている気がした。よく帰りの迎えの車の中で泣いていたのを覚えている。
大人になって音楽はやっていない。どうしてもあの時のみじめさを思い出すから。ある時,地元の友人から自分の結婚式にピアノを弾いてくれないかと依頼があった。どうして私にと尋ねると私がピアノの習い事をしていたことを覚えていたらしい。よく覚えているなと感心するのとなんでそんなこと覚えているんだと八つ当たりに近い感情も覚える。しかし,せっかくの友人の晴れ舞台。一肌脱いでやろうと意気込んで,流行りのウェディングソングの楽譜に手を伸ばす。大人になってピアノと向き合うなんて考えてもみなかった。
一つ深呼吸をして,拙い手つきで鍵盤に指を置く。
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