好きな歌に好きを言いたい 2020/07/13
遠雷よ あなたが人を赦すときよく使う文体を覚える
服部真里子『行け広野へと』
ひとを赦すのは難しい。けれど赦したほうが怒りを、そして執着を手放せる分、ずっと楽になれるように思う。そして手放せば楽になれることに気づくと、「赦すこと」と「諦めること」が突然近い意味を持つようになる。
「あなたが人を赦すときよく使う文体」、「よく使う」というところから、赦すことが日常になってしまった「あなた」のイメージが浮かんだ。何かにこだわることを止めて、諦めを身の内に飼いながら日々真っ当に暮らしている、実年齢より少し老成した印象のひと。そのひとが他人を赦すときはいつも同じような言葉遣いになる。
作中主体が赦すときの「文体」に気づいたのは、その「赦す」ときの文体が普段の喋り口調とはやや異なるからなのだろう。文体が普段と違ってしまうのは、過去に諦めたこと、かつては到底赦せなかったことを日常の自分から切り離すためではないかと想像する。その文体を覚えた主体は、「あなた」が触れられたくない部分を知ってしまったのかもしれない。
遠雷はどこで鳴っているのだろう。「あなた」の中に隠された諦めや達観の音なのだろうか。見えないほど遠いところにある危ういもの、けれど確かにその音は聞こえている。
服部真里子『行け広野へと』
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