好きな歌に好きを言いたい 2020/07/10
冬に始まったから秋までを観たけどもういちど夏だけを観て、外へ
千種創一『千夜曳獏』
四季にまつわる何かを「観た」こと、「夏」を観たあとに外へ出たこと、情報としてはそれだけの、読み解く手がかりの少ない歌だ。この歌一首をぽん、と出されたら、うっかり「具体的なことばが欲しい」と言ってしまいそうだ。けれどおそらく、この歌からはその「具体的なことば」が意図的に排除されているような気がする。
この歌を最初に読んだときに頭に浮かんだのは美術館だった。複数の短編映像作品がリピートで流れている。音を立てないよう暗い部屋に入ると冬をテーマにした映像作品が始まったところだ。冬、春、夏、秋と一巡したところで一度映像室を離れ、もういちど夏の作品を見たくなって映像室に入り直し、それから展示を後にした、そんなイメージを持った。
もちろん歌の中に美術館を示唆することばは一切含まれていない。わたしの想像したストーリーはあり得るひとつの可能性でしかない。が、それにしても「もういちど夏だけを観て」が気になる。コールドスリープやタイムトラベルといったSF的な世界のツールを使わない限り、現実の時間のなかで「もういちど夏だけを観」ることはできない。だから主体がもういちど観た夏は、リアルの夏ではないのだと想像する。
冬に始まった新しい生活が丸一年経って、もう一度やりなおしたかったのは夏。そこだけを巻き戻すことは現実には不可能だから、虚構の夏をもういちど観たあと、外というリアルの世界に戻っていく。あり得ない「もういちど夏だけを観て」から、叶えられなかった願いが透けてみえるように思う。
以下リンクになります。
千種創一さんご本人の『千夜曳獏』記事(入手方法等はこちらにあります)
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