今の常識は未来の社会問題
「高齢者ドライバー」というのが社会的問題となっている。
高齢になると視力や判断能力、反射能力が低下するため事故を起こしやすいと言われている。
「アクセルとブレーキを踏み間違えた」ってニュースで聞くやつだね。
都会であればいたるところにスーパーやコンビニがあり、徒歩や自転車で買い物をすることはできるが、田舎では車は必須。
高齢になっても車を運転するということが問題となっている。
でも思うのがさ、
「Amazon使えばよくね?」って話。
家に届けてもらえる。
車はもちろん、家から出ないでいい。
となると運動不足が問題化しそうだけど、そこはまた別の話。
調べたところAmazonprime会員は田舎でも翌日配送されるそう。
これは使わない手は無いでしょ!
と、ここまで完璧に見える意見を述べてると思うけど、問題なのは
「高齢者がAmazonを使えるのか」問題!!
スマホどころかPCすら使えない。
僕の祖母もガラケーだ。
PC、スマホと現代の利便品が使えないからAmazonが使えず、車で出かけてアクセルとブレーキを踏み間違える。
でも考えてみると、今の高齢者が車時代の最先端だったのでは無いか。
日本車が盛り上がった時代は高度経済成長期の1955年~1973年。
終戦くらいに生まれていれば30歳近くで、所得倍増や経済成長とも重なり、新三種の神器には「自動車」も含まれる。
現代人の「スマホ」くらいみんなが持ってた当時の最先端が「車」なのだ。
だからここの問題は時代の流行に乗れていないこと。
PCが出て、スマホが出て、「これからは何をするにもネットの時代」という流行に乗れなかった。
「流行」という言葉で言うと廃りがある「トレンド」的な意味が入るから「ニュースタンダード」にしとこうか。
新しい基本。
大量生産大量消費の高度経済成長期には1度で多くの荷物を運べる車が「ニュースタンダード」。
時間が経てばエコの時代になり、ITの時代になり、何をするにもスマホというのが「ニュースタンダード」。
ということは次があるのだ。
僕らはまだスマホが最先端だけど、時が経てば自動運転のAI配達員が届けてくるかも。
なんならメタバース空間でイメージすればすぐ目の前に現れるようになるとか。
車が最先端の時代に、スマホ1つで荷物が届く未来を想像できていたか?
スマホ1つで荷物が届く時代に、未来は想像しているか?
できないよね。
僕もどうなっているかわからない。
多分想像してないようなことが起きていると思う。
今が最大値じゃない。
未来はもっと便利になる。
その時代の「ニュースタンダード」に乗ることは社会貢献にも繋がるんじゃないかな。
そのためには思考を止めないこと。
「車が最強」「スマホが最強」では無いのだ。
常識から革新は生まれない。
革新はいつも常識の外にある。
思考していこう!!
ということで終わり!読んでくれてありがとう。いいねやコメントよろしくね。
じゃあ、また。
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