インスリン注射のない世界
日本であまり大きく報道されていないのが不思議で仕方ない、画期的な技術。
国際糖尿病連合(IDF)が発表した新たな推計では、全世界の10人に1人が糖尿病に罹患していると言われている。糖尿病はひとたび発症すると治癒することはなく、放置すると網膜症・腎症・神経障害などの合併症を引き起こし、末期には失明したり透析治療が必要となることがある。
さらに、糖尿病は脳卒中、虚血性心疾患などの心血管疾患の発症・進展を促進することも知られている。命を脅かす糖尿病が発症した糖尿病患者にとって唯一の救いがインスリン注射である。
インスリンとは血液中の糖の濃度を下げ、一定幅に収める働きをするホルモンである。糖尿病患者は膵臓にダメージを負っておりインスリンの分泌が不十分であるので、血糖値が上がるのだが、外部から注射でインスリンを補えば血糖値を下げられる。
このインスリン注射の発明で多くの糖尿病患者の命が救われている一方、注射を怠れば命の危険もある。注射以外でインスリンを補う方法は、インスリンを生成する「膵島細胞の移植」という方法があるが、身体に拒絶反応がでないよう、患者は免疫抑制剤を服用し続けないといけない。
この拒絶反応に対して先日発表されたマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究があり、膵島細胞をそのまま体内に移植するのではなく、膵島細胞を小さな機械の中に入れ、その機械を患者の皮膚下に埋め込むというものだ。
これには驚かされた。細胞を機械に入れ、機械ごと皮膚下に埋め込むときいて、はじめ理解ができなかった。こういう機械を埋め込むと気になるのが、「細胞は生き続けられるのか」「機械の電力はどうするのか」である。
細胞が生き続ける為には酸素供給が不可欠だ。化学混合物などから酸素を作るパターンもあるそうだが、それだと化学混合物の補給が必要になり、混合物の補給をどうするのかという問題が残る。MITの開発した機械では、体内の水分子を分解して酸素を作る膜を備えてるそうで、これなら物質の補給の問題は解決される。電力供給も心臓ペースメーカーのように電池交換の為の手術が必要になると思ったのだが、機械の電力は微量電圧でワイヤレス充電可能らしく、将来的には充電のために皮膚に貼り付けるパッチだけになっている可能性もある。
MITが行った実験で酸素供給マシンを埋め込んだ糖尿病マウスは、少なくとも1ヶ月は健康的な血糖値を維持でき、酸素供給マシンがなかった糖尿病マウスは2週間もたずに血糖値が上昇したそうだ。また、酸素供給マシンを埋め込んだ糖尿病マウスには、埋め込んだ機械の周りに傷跡ができたが、これは機械に対する免疫システムの反応としてはよくあるもので深刻な問題ではない。
むしろ機械全体の機能が著しく低下することがなかったことの方が興味深い結果だろう。拒絶反応の克服は移植医療の最大の課題である。研究に携わっているMITの化学工学教授Daniel Anderson氏は、この機械を「生きる医療機器」と称し、糖尿病以外にも応用が可能だとして前向きに研究を進めているそうだ。
人類が拒絶反応を完全に克服する日はそう遠くないかもしれない。
移植医療が困難である人も、ドナーを待たずに移植ができるかもしれない。
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