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逆噴射小説大賞2019投稿作

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記事一覧

アンバーグリスの心臓

クジラ狩りの船団が空と海とに浮いていた。

初猟日の空はその年も底抜けに晴れて、天国の跡地まで見通せそうだった。
人だかりのできる港を避けて、ミオは町はずれの砂浜で一人、遠ざかる船影を見送った。
武装飛行船の細い腹はみるみる小さくなって、もう米粒のようだ。その影を追いかけるように、網や大砲を積んだ大型漁船の群れが海上を走っていく。
漁船の一つにはミオの父親も乗っていた。
家を出る前の早朝、父は身支

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神様を忘れた夏

8/4

僕が生まれて初めて女子に告白されたのは、東京にドラゴンが現れた日の夜のことだった。
「好きだから、死んでほしくないよ」
とっくに日の落ちた、夜の学校のプールの底で。湿った水色のタイルの上に二人で並んで寝そべり、真っ暗な水面を見上げていたとき、古屋夕雨香は確かにそう言った。
プールに張られた水は物理法則に反して僕たちの周りを避けていたので、僕たちは息も吸えたし言葉も交わせた。まるで透明なガ

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灰とメタルと薔薇の蜜

薄墨色の血が音もなく噴き上がった。
それは黄ばんだ日光に触れるや否や、空中にあるうちから瞬く間に乾き、灰の雨と化して降り注いだ。
踏み荒らされた紅色の花畑に、雪のような白が積もっていく。その只中に座り込むロゼの頭上にも。
彼女の村を滅ぼした〈重装機鬼〉は、そのようにして唐突に死んだ。
見上げるような鉛色の巨体が、ロゼの目の前に膝をついて項垂れ、ぴくりとも動かない。
頭部の断面から灰がさらさらと零れ

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虹の干潟のアーダイド

「セッカ、後ろだ!」
叫び声と共に背中を突き飛ばされ、セッカは泥濘に叩きつけられた。
たちまち青黒く粘ついた泥が四肢を捕らえ、全身を引きずり込もうとする。
マスクの通気孔が塞がれれば死は免れない。必死で身を捻って仰向けになり……セッカは、自分を庇った仲間の首が、鈍い錆色の顎に食い破られるのを見た。
「が、ぁぐっ」
ゴーグル越しに見える顔色がみるみるドス黒く変色し、剣を握った手が激しく痙攣する。

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