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足し算ではなく掛け算で ~食の戦略と6次産業~

1、6次産業

いきなりですが、「6次産業」という言葉を聞いたことはありますか?

「1次産業~3次産業というのは何となく聞いたことはあるけど、4次?5次? ましてや6次となると、AI関連か何かですか?(←難しそうなものはAIと答えておけば何とかなるんじゃないかと思う人)」

違います。

6次産業とは、ずばり「1次×2次×3次=6次」です。

…?

詳しくは農林水産省のこちらのページをご覧ください↓。

農林漁業の6次産業化とは、1次産業としての農林漁業と、2次産業としての製造業、3次産業としての小売業等の事業との総合的かつ一体的な推進を図り、農山漁村の豊かな地域資源を活用した新たな付加価値を生み出す取組です。これにより農山漁村の所得の向上や雇用の確保を目指しています。  

ということで、

◆1次産業=農林漁業(自然の産物から)
◆2次産業=製造業(加工して)
◆3次産業=小売業等の事業(売る)

「自然の産物から加工して売る」=6次産業なんですね!

今回は、この6次産業についての記事です。

2、足し算から掛け算へ

そもそも、誰が言い出したことなのか? これははっきりしています。

今村奈良臣(いまむらならおみ)さんです。東京大学名誉教授。1934年生まれ、農学をご専門とされ、長年研究されてきた方。大分大山町農協の農産物直売所「木の花ガルテン」での調査を通じて生まれてきた発想とのこと。

今村さんは研究者らしく、この6次産業はあくまで「仮説」だと言います。

詳しくはこちらの記事を↓。

実はこの6次産業、最初は「1+2+3」の足し算だったのです。

農業の6次産業化というのは「1次産業+2次産業+3次産業=6次産業」というもので、いまから25年前の1992年に打ち出したものである。  

ところが、3年半後、「1×2×3」の掛け算に改められます。なぜでしょうか? 記事から引用します(太字引用者)↓。

しかし、私は上記の「1+2+3=6」という定式化を3年半後に、
「1次産業×2次産業×3次産業=6次産業」と改めた。
 このように改めた背景には、次のような理論的・実践的考察を深めたからである。
 第1に、農地や農業がなくなれば、つまり0になれば「0×2×3=0」となり、6次産業の構想は消え失せてしまうことになるということだ。
 当時、バブル経済の後遺症が農村にもい深く浸透しており、「土地を売れば金になる」という嘆かわしい風潮に満ちていた。とりわけ、この当時、農協陣営において土地投機にかかわる融資などを契機に、膨大な負債・赤字を出す農協が続出していたことも私の記憶に深く刻みこまれている。
 第2に掛け算にすることによって、農業(1次産業)、加工(2次産業)、販売・情報(3次産業)の各部門の連携を強化し、付加価値や所得を増やし、基本である農業部門の所得を一段と増やそうという提案を含んでいた。
 第3に、掛け算にすることによって、農業部門はもちろん、加工部門あるいは販売・流通部門さらにはグリーン・ツーリズムなどの観光部門などで新規に就業や雇用の場を拡げ、農村地域における所得の増大を図りつつ、6次産業の拡大再生産の道を切り拓こう、ということを提案したものであった。
 こうして「1×2×3=6」という農業の6次産業化の理論は、その実践活動を伴いつつ全国に広まっていったのである。  

◆農地や農業がなくなれば、0×2×3=0になる!
◆掛け算によって、基本である農業部門の所得を増やす!
◆掛け算によって、加工・販売・流通・観光など拡大再生産!

ということですね。確かに足し算だとそれまで。掛け算ならば、ますます発展していくというイメージがありますね!

どんなに良い発想でも、ただの仮説、原石に過ぎません。検証され、反論され、アップデートされて磨かれて初めて、光り輝きます。

1992年に生まれた発想は、約30年弱の時を経て、今では農林水産省のホームページに載って推奨されるほど発展しているのです。

3、熊野野菜さん

では、具体的な事例のご紹介を1つ。例えば「熊野野菜」さん↓。

私は先日、熊野野菜さんの管理人さんのブログ記事を取り上げて、このようなnote記事を書きました。ただし6次産業がテーマではなく、地域おこし協力隊に関する諸問題の紹介、という文脈です↓。

地域おこし協力隊員だった管理人さんは、在任時に「野菜スープ」の販売などを試みます。まさに「1×2×3」の6次産業ですね。その際に、色々な折衝や諸事情があり、任期途中で退任されるのですが、現在(2019年8月)では、和歌山県田辺市にて「熊野野菜カフェ」などを運営されて、ランチやベーグルの販売のみならず、ツーリズムやゲストハウス、各種イベントなども手がけているとのことです。6次産業を越えて、12次産業や24次産業まで行くんじゃないかというイメージです。フェイスブックのページはこちらから↓。

まさに今村さんが言うところの「掛け算によって、加工・販売・流通・観光など拡大再生産!」ですね。掛け算であれば、12や24にまでなれます。

4、社会を変える最重要産業はメシである

このように「食」と「地域再生」は、相性が良いと言えるのではないか。

そもそも「地域」は「都会」と比べて、1次産業すなわち農林漁業(農林水産業)の割合が大きい。そこに、2次産業(加工など)と3次産業(販売など)を掛け合わせることで、ただ単に農業生産物をそのまま売るよりも、付加価値をつけられる。

考えてみれば至極当然なのですが、これまではせっかく作っても「誰にも知られない」ことも多かったでしょう。消費者の手にわたって、ラベルを見て初めて「ああ、ここのこの人が作っているんだ」と分かる事も多かった。

しかし、インターネットとSNSによって、状況は劇的に変わりました。和歌山県田辺市のカフェの情報が、離れた土地でも即座に手に入る時代です。逆に言えば、どんなに地方にいても、全世界に情報が発信できます。

実際に「熊野野菜」さんのゲストハウスには、スイスからのお客様が来ています。2019年8月7日のフェイスブックの記事から引用します。↓。

昨日から、熊野野菜カフェに加え、GUEST HOUSE 熊野野菜が始動しました!
なんで、ゲストハウスなのか?
ゲストハウスなんてするつもりはさらさら無かったんです。でも、運命的にこの家と出会って、あれよあれよと事は進んで、はじめることになりました。
ゲストハウスだけど、大人の遊び場になってくれたらと思っていて、ゲストが泊まらない日や使わない時間に、大人の皆さん、イベントでもしませんか?
熊野古道沿いでカフェをして、世界の人たちとつながって、今度は、宿に泊まってもらって、この地域の良さを感じてもらえたら嬉し、カフェでの食事でもサポートできるので、繋がっていくなぁーと思い、思い切ってはじめてみました。
さて、昨日のはじめてのお泊りさんは、スイスから!  

このような「食」を突破口にした「地域再生」について、全国各地でご提案をされている方がいます。金丸弘美(かなまるひろみ)さんです↓。

著書はこちらから↓。

このうち、2015年に出版された『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)をご紹介しましょう↓。

「六次産業」を超える! どのように超えるんでしょうか!? 12や24まで行くのでしょうか? これはもうお読みいただければです。内容紹介だけ引用します(太字引用者)↓。

世界の田舎が産業を興している。「食の戦略」が次代を創る!! 人材を育て、経済を回し、地域を創る方法、それが「食の戦略」!!
「食の戦略」……地元の食材、料理で人の味覚を鍛え、地元の食文化をテキスト化して継承と伝達を効率化する。そして、個人の味覚と積み重ねた食文化を基点に町作りを行うこと。
地域のブランディングを成立させ、お金も地元に落とせるのは補助金や工場ではなく、その地の"食文化“である。それこそが人材を育成し、雇用も生みだしていく。「食の戦略」で育まれた人は、都市にとっても創造的な人物として得難い存在となる。
ローカルこそ、人を育てられる!!
社会を変える最重要産業は、メシである。
○世界遺産と街並みと集落と食を連携させ、人を呼び込むイタリア
○「味覚の講座」で子どもの表現力・郷土愛を育み、輸出力を強化するフランス
○一軒ではなく、地域全体の六次産業化をする日本の山間地 etc
**「味覚を育むことは、間違いなく、豊かで個性的な子どもたちを育てることになる。その人たちが、社会を変えていくのだ。」 **  

イタリアやフランスでの事例を踏まえ、食の戦略こそが大事と力説されています。「社会を変える最重要産業は、メシである」。いいじゃないですか、このバッサリ感! 『美味しんぼ』の海原雄山も、納得のフレーズ。

先日のnote記事で、私は街を「カレー」に例えました↓。

この記事では主に街(どちらかといえば都会)を取り上げましたが、農村などの地域でも同じです。具材はなかなか見えないだけで、ごろごろと転がっています。ただ、にんじん・じゃがいも・玉ねぎ・肉など、具材はそれだけではカレーになりません。6次産業の掛け算の精神で、煮込んでいく。それが地域再生の重要な要素になると、私も思います。

「そう言われても、うちの地域には何も無いよ…」と嘆く方。

無ければ見つけて、企画して作れば良い。もちろん掛け算ですから0ではダメですが、たとえ1しかなくても、掛け算の係数次第で数値は増えます。

例えば「高崎市」の事例↓。

群馬県高崎市と言えば、からっ風・焼きまんじゅう・だるま、のイメージです。しかし最近では「キングオブパスタ」というイベントが行われており、「パスタの街」として売り出し中です。

この記事によると、もともと「高崎うどん」など粉食文化が高崎にはあったそうです。実は、群馬県は小麦生産量トップクラスの県。高崎の街には、老舗「シャンゴ」をはじめ、パスタ屋さんも多かった。ここから、パスタを売り出そうという企画が持ち上がったとのこと。

A「小麦生産量が多いんです」。
B「パスタの街です」。

さて、どちらのほうが、胃袋への訴求力が高いでしょうか?

5、食の軍師

いかがでしたでしょうか? 今回の記事は6次産業を取り上げました。いかに付加価値をつけるか? いかに掛け算するか?が大事ですね。

海外の取り組みに興味を持たれた方は、こんなイベントもあります↓。

「クックジャパンプロジェクト」です。世界のスター料理人が、日本の食材を使って、斬新な発想と最高級の技術で新しい料理を作り出します。きっと、海原雄山も絶賛するでしょう(←こればっか)。

また、「食の戦略」について気になった方は、こちらの漫画を↓。

「孤独のグルメ」の原作者、久住昌之さんが、泉晴紀さんとのコンビ「泉昌之」名義でつくっている漫画「食の軍師」です。

彼を知り己を知れば百戦しても殆うからず。作り手サイドで「食の戦略」をしかける人は、消費者であるお客さん陣営が、いかに戦略を練って食に向き合っているかを、徹底的に分析する必要があるでしょう。その場しのぎの戦略は、相手に見抜かれますから…。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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