待つということの意味 〜「待つわ」 あみん
待つということ。
大抵は片思いの場合に訪れます。片思いというやつに端を発する感情には、やるせなさや、嫉妬、寂しさといったものがあり、その感情は今に始まったものではなく、平安の昔からはるか昔、つまり人が人として存在したときからのもの。
そして、人々はその感情を歌に託してきました。思いは自分の中にあっては、浄化されないものですから、いわゆるアウトプットは、精神や感情の均衡には非常に有益であったと思うのです。
たとえば、
君待つと 我が恋ひをれば 我がやどの すだれ動かし 秋の風吹く
恋する思いが募り、ひとり、部屋にいると、すだれが揺れた。あの人、だろうか。それは秋風のいたずらだった。
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
あの人はいつまで待ってもこない。そんな思いに身も心も焦がされています。
待つのを止めて、こちらから動き出すのはどうなのかと感じるときもあります。ただ、やはり、この曲にあるように、人は大抵は好きな人の前では、おどけてしまう道化者になってしまうのでしょう。
待つということ。
そこには、やるせなさや、嫉妬、さみしさの他に、自分への哀しみもあるのかもしれません。
最後に、待つ、というシチュエーションのこの歌を。この二人は今は、恋人関係にあります。が、待つという場面はこんな二人にも訪れます。俵万智さんによるこの句は、待つということを、一歩進めて、相手側に自分の思いをかぶせてしまう、したたかさを秘めているようです。
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