ぼくの教育学
ぼくが嫌いなのは「教えてやろう」という態度あるいは姿勢なのだと思う。それに反発して、学習支援研究としての教育研究をしてきたのだと思う。「学びの手助け」「育ちの手助け」と「教え」とは、同じように見えるかもしれないが、向きと構えが異なる気がする。ぼくは、「教え」よりも「学び」が好きだ。「学び」の主体は学ぶ本人。「育ち」の主体も育つ本人。そう見るかどうかで、することと態度が全然違ってくる。と、思う。それがぼくの教育学の真ん中にある。
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ぼくが嫌いなのは「教えてやろう」という態度あるいは姿勢なのだと思う。それに反発して、学習支援研究としての教育研究をしてきたのだと思う。「学びの手助け」「育ちの手助け」と「教え」とは、同じように見えるかもしれないが、向きと構えが異なる気がする。ぼくは、「教え」よりも「学び」が好きだ。「学び」の主体は学ぶ本人。「育ち」の主体も育つ本人。そう見るかどうかで、することと態度が全然違ってくる。と、思う。それがぼくの教育学の真ん中にある。
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