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圧倒的な祝祭感、ヘヴィロテ必至の超絶ミクスチャー・バンド 〜 驚愕のピンハス・アンド・サンズ

(7 min read)

Pinhas and Sons / About an Album

日本でも今年各所でいろいろ話題になっているイスラエルのバンド、Pinhas and Sons。これがピンハス・アンド・サンズなのか、ソンズか、はたまた違うのか、バンドの公式サイトの英文字記載から拝借してきましたが、もとはヘブライ語でפנחס ובניו 、読めません。かりにピンハス・アンド・サンズとしておきます。その2018年作『 מדובר באלב』(About an Album)がぶっとんでいますよねえ。

ピンハス・アンド・サンズは、リーダーでキーボード&ヴォーカルのオフェル・ピンハスを中心とする九人編成(パーカッション、ドラムス、ベース、ギター、フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、ヴォーカル)が軸。イスラエルで2016年にファースト・アルバムを出していますから、そのあたりから活動しているんでしょうか。2018年作では大勢のゲストを迎え、観客を入れてのスタジオ・ライヴ形式で収録した模様。

話題の2018年作、聴いてみての第一印象としては、かなりポップでほんとうに聴きやすい明快な音楽、楽しい祝祭感にあふれている、といったところです。どんだけすごいのかということをみなさんおっしゃっていますけど、テクニカルなことがこの音楽の本質じゃないような気がします。

とっつきやすい、聴きやすい、楽しく愉快にノレるといったあたりが最大の特徴で、しかしたしかに音楽的にはとんでもなく高度に洗練されていて、複雑怪奇。バンドの演奏能力だってとてつもなく高く、難技巧をあっさりこなすテクニカル、メカニカルなレベルの高さが、ポップな音楽性を下支えしていますよね。

そういう意味ではフランク・ザッパの音楽に酷似しています。1960年代末から90年代まで活躍したザッパの音楽こそ、変拍子やキメラなハイブリッド性、複雑怪奇な曲構成を、作曲と即興の超絶的な不可分一体化によって、結果的には心地よく楽しく聴きやすいポップ・ミュージックへと昇華していたわけで、まさにピンハス・アンド・サンズの先祖です。

世界中の種々雑多な音楽のごった煮状態であるピンハス・アンド・サンズのこのアルバムの音楽。クラシック、ジャズ、プログレ、クレズマー、フラメンコ、アラブ、バルカン、ラテン、ブラジルといった幅広いジャンルの音楽をぶち込んでいて、しかも継ぎ目がないシームレスなスムースさでこなしています。

アルバムの曲はバンド・リーダーのオフェルがだいたい書いているみたいですけど、どうしてここまでのハイブリッド・センスを持ち合わせているのか、経歴というか音楽家としてのいままでのキャリア形成におおいに興味がわくところです。

こういうものこそ「ワールド・ミュージック」「フュージョン・ミュージック」と呼んでほしいんですが、ピンハス・アンド・サンズの今作にある世界の雑多な音楽要素のうちぼくが最も強く感じるのは、ジューイッシュ音楽、中東系の音階、バルカンのリズム解釈、そしてブラジル風味とジャジーな演奏法です。

1曲目はJ・S・バッハの『平均律クラヴィーア曲集』の第一番を下敷きにしていますけど、そこにクレズマーが混じっているという。そうかと思うと2曲目は聴きやすいポップなヴォーカル・ナンバーで、しかしその伴奏が変態テクニカル・フュージョン。

3曲目はヴォーカル・コーラス・ナンバー(ゲストがいるんでしょう)だけど、4曲目は一小節ごとにリズムが変化し、しかも後半のフルート・ソロが絶品な美しさ。

ジューイッシュ音楽とアラブ音楽を混淆したようでいて、伴奏は高度にテクニカルでジャジーな5曲目を経て、

6曲目はテンションの強いジャジー&ファンキーなハーモニーと、バルカン音楽に影響されたリズム、中東的なメロディーがからんだキラー・チューン。

とにかくどれも作曲、アレンジ、演奏ともに異様にレベルが高く魅力的で、しかも非常に複雑だけど、男女のツイン・ヴォーカルやコーラス・ワークもキャッチーで不思議とポップスのように耳になじむという、それが特色のバンドですね。

9曲目でゲストとしてSpotifyでクレジットされているシランは、ぼくも以前とりあげたテル・アヴィヴ在住のイエメン歌手シランのことでしょう。これは完璧にアラブ音楽、だけどリズムはバルカン的っていう折衷具合。

そう、どの曲も異種混淆なんですけど、ピンハス・アンド・サンズのばあいは、どれだけ多様な音楽を混合・折衷していても、まったくスムースに一つのものとして溶け合わせていて、違和感なく明快なできあがりで、聴きやすくノリやすいように仕上げているんですよねえ。すごいことです。

アルバムのクライマックスはラスト12曲目。メタルっぽいバロックふうなイントロが終わると、曲はサンバ/ショーロに影響を受けた怒涛のブラジリアン・テクニカル・フュージョンに展開。細かく上下する早口ヴォーカルと楽器演奏のラインをぴったりユニゾンで合奏させたり、ゲスト参加のブラジルの打楽器グループによるサンバ・アンサンブルが入り乱れたり。メロディ・ラインはビ・バップふうでもありますね。しかもこんだけ複雑なのにキャッチーで愉快なポップスであるっていう。なにより楽しい!

複雑かつ緻密な楽曲が、タイトなリズムでみごとなアンサンブルに昇華されるさまは圧巻。ワールド・ミュージックを聴く醍醐味が詰まったすばらしい作品ですね。

もうね、こんなにむずかしいことをやっているのに、こんなにも聴きやすくノリやすいポップ・ミュージックだなんて。ありえませんよ、こんなの。もう夢中です。間違いなく今年のベスト・アルバム No.1でしょう。

(written 2020.12.22)


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