【詩】カルガモカルピス
山の裾野が平野に飲み込まれ
地平線が真一文字を描く所
東天に朝焼けの濃い一滴
『カルピス手摘みオレンジ味』
原液の深い色が
天上から滴り落ちる
しかしそれも束の間、刻一刻
大空に広がり薄まっていく
原液は踊るようにして
泳ぐようにして溶けていく
そうやってどんな裏町にも
朝日が溢れていく
だとすると
目の前のこれが朝なのだとすると
昨夜とは一体何であったのか?
それは一体いつのことなのか?
夜はどこまでも濃く深い甕の水
夜空は煌めく水面
街の灯のひとつひとつが
憂いをおびて揺れる
ショパンの楽譜から滑り出た
音符のひとつひとつのよう
しんと静まりかえった公園では
絡まった枝の間から月が覗く
枝は邪魔をしているのか
それとも可能なかぎりどいてくれているのか
光で濡れた幹に沿って視線を落とせば
全体は黒くて先だけ黄色い
カルガモのくちばし
それはまるで携帯用の月夜
充電いらずのスマート月光
池は月を映し込むが
池に浮かぶカモも月を持っている
岸辺ではまつぼっくりが
水の上を歩く救世主のお供をするつもりで
お行儀よく待機している
そこに救世主はそっと歩を進め
まつぼっくりに微笑みかけてから、言う
「私は復活であり、生命である」
彼がカルピスのボトルを傾けると
水面に一滴
濃いオレンジ色がたれる
それを見たカルガモが
神の子の邪魔をしてはならぬと
岸の方へと退散していく
月夜を携帯したまま
退散していく
その敬虔な泳ぎに合わせ
オレンジは撹拌され、広がっていく
そしてカルガモの足も
オレンジ色に染まった
今日もこの世に、朝が来た