部分改修と全体改修の違いから学ぶ、SaaSのためのリブランディング
こんにちは。ストックマークでBX(ブランド・エクスペリエンス)とPRを担当している平澤克幸(@Hirrah) と申します。
わたしは、2024年3月にストックマークに入社してから、同社のAI SaaS 「Anews」のブランディングを担当してきました。また今年の9月に本格的にサービスローンチを開始したAI PaaS事業のサービスブランド 「Stockmark A Technology(SAT)」、さらにはコーポレートブランディングにも携わってきました。
その8ヶ月間でも、Anewsの対外向けのメッセージングやプロダクトの持続的に価値を生み出していくためのプロダクト戦略、同社のブランド体系の再定義、ブランドの概念をカタチに落とし込むブランドデザインといった多様な粒度のプロジェクトに携わるなかで、すでに多くのお客さまにリリースしているサービスの「リブランディング」について、書いてみたいと思います。
この記事では、 すでに市場に出ているサービスの「リブランディング」 についてお話ししたいと思います。特にB向けSaaS/PaaSのブランディングや社内浸透に興味のある方にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。
今回「リブランディング」をテーマとした背景ですが、SaaSのブランディングに関わる方にとって、0→1のブランディングの話より既に目の前にあるサービス改善の“リ”ブランディングの方が需要が多いかと思った次第です。
リブランディングの誤解
外向けにリリースされる前の、プロジェクトが立ち上がる際リブランディングの内容を聞いてみると、
「ブランドロゴをガラッと変えること」や「今まで時間をかけて積み上げてきた体験を大きく変えること」を思い浮かべる人も多いかもしれません。またプロジェクトの趣旨を知ると、「思っていたのと違う…これは本当にリブランディングなの?」と感じることがあり、言葉から連想されるイメージと実際のアクションとの間にギャップを覚える場合もあります。
しかし、実際には、リブランディングというプロセスはより広い意味を持っています。リブランディング・プロジェクトに社内メンバーを巻き込む時、リブラの定義とスコープを整理する必要があります。
リブランディングとは、既存のブランドが持つ価値や特徴(ブランド資産)を活かしながら、ターゲット層やブランドメッセージを再設定し、ブランドイメージを刷新するプロセスを指します。
要するに「今の市場や顧客ブランドを新しい方向に進化させる」ということですが、進化には粒度があり、ここを明確に伝える必要があります。
リブランディングの2つの種類と事例
リブラの種類は、1.部分改修(パーシャルリブランディング)と2.全体改修(トータルリブランディング)の2種類あり、どちらをアウトプットのゴールとするのかを明確に定義する必要があります。
1. 部分的改修(パーシャルリブランディング)
ブランド要素の一部を見直し、新鮮さや現代的な印象をアップデートしたり、ブランドコンセプトとビジュアル表現をより高い精度で整合させる手法です。大幅な変更を避けつつ、既存顧客との関係を維持しながら新たな顧客層を引きつけたい場合に効果的です。
具体的な事例として、
2.全体改修(トータルリブランディング)
ブランド全体を再構築するアプローチとは、市場環境や競争環境の変化、顧客認知度やブランドイメージの低下など、さまざまなタイミングで実施されるものです。具体的には、サービスがPMFを達成した後、その成功体験を活かし、事業を周辺カテゴリーにホリゾンタルまたはヴァーティカルに拡張していく「事業拡大を狙うケース」が挙げられます。
一方で、かつて見込めていた成長が徐々に目減りし、それを止血するためにブランド全体を改修するケースもあります。このような場合、短期的なユーザー価値の実現にばかり注力した結果、本来守るべきコアユーザーが離れてしまうこともあります。その原因として、サービスの存在意義や守るべき価値を表すコンセプトがぼやけてしまった状態が考えられます。
私はこれを「十徳ナイフ」に例えています。どれだけ多機能で便利に見えても、プロダクトの本質的な価値や存在意義が明確でなければ、ユーザーに選ばれ続けることは難しいのです。「いろんな用途で使えるもの」は、かえって用途が曖昧で必要性を感じにくく、最終的には市場から淘汰されてしまうことがあります。
余談ですが、私も災害時の備えとして十徳ナイフを何度か購入した経験がありますが、どこに保管したのかさえ思い出せないのが現状です…(苦笑)。
こうした経験からもわかるように、ユーザーにとってサービスの「信頼できる核」となる部分を明確にし、それを継続的に提供し続けることがいかに重要かを、次の事例が教えてくれます。
機能が増えすぎて「何のサービスなのか」わからなくなる
Evernoteの事例
Dropboxの事例
このような事例からも分かるように、リブランディングの主な手段は、提供する価値(ブランドのコンセプトなど)の再定義から始まります。そして、その変更に合わせてターゲット層を見直し、サービス体験全体を最適化するプロセスを経ることが重要と考えています。
これにより、企業は新たな市場ニーズに応えると同時に、既存の顧客基盤との信頼関係を維持できます。
FYI )顧客価値の再定義に
もし顧客がサービスに何を信頼し、どのような価値要素を求めているかを理解するためには、HBRの論文「顧客がほしいと思う30の「価値要素」
をみると、マズローの欲求階層になぞり整理されています。
リブランディングの注意点
リブラには、部分改修と全体改修の2種類があり、それぞれに応じた具体的な手段を事例を交えてお伝えしました。ただし、リブラを検討する際には、大前提として「サービスコンセプト」や「提供価値」(WHY)を明確に定義しておく必要があります。
この提供価値を軸に、定期的な定量調査を実施し、ターゲット層がサービスに何を求めているのかをスクリーニングすることで、以下のようなだいじな判断ができるようになるためです。
変更する部分と維持する部分の明確化
部分改修と全体改修の適切な選択
リブランディングの実施範囲とレベル感の決定
これらのプロセスにより、顧客の期待に応えると同時に、ブランドの核を損なわないリブランディングが実現します。
リブランディングでやってはいけないこと
リブランディングにおいて、絶対に避けるべきことがあります。それは、サービスの目的やブランドコンセプトを180度変更することです。例えば、Dropboxのように、既存のコンセプトを基盤に機能を大幅に拡張するアプローチは有効ですが、まったく異なる価値観に置き換えてしまうと、それは「ブランドの再生」ではなく「新規ブランドの立ち上げ」になりかねません。
また、表層的なデザインの変更は、提供価値を体現するために有効ではあるものの、その変更が無計画に行われるとリスクを伴います。特に、デザイン全体を抜本的に改修する際には、以下のポイントに留意する必要があります。
基本コンセプトと体験設計に基づいたUIデザインであること
ユーザーが馴染んでいるデザインをむやみに変更しないこと
コアユーザーの信頼や愛着を損なわないこと
デザインの全体改修は、単なる見た目の刷新ではなく、ブランドの提供価値を明確に実現し、ユーザー体験を向上させるものでなければなりません。
最後に
リブランディングとは、見た目の刷新やアップデートの告知、流行に乗ったブランドイメージを作るためのパフォーマンスではありません。それは、顧客との間に「見えない約束」を築く行為であり、その約束を守り続けるためのプロセスと私は解釈しています。
顧客がサービスを選ぶ基準は、便利さや使いやすさだけではありません。それ以上に、「自分たちのニーズや課題を誰よりも深く理解し、働き方を支える信頼できるパートナー」であることが求められています。この信頼を獲得することこそが、リブランディングにおいて最も重要な目的です。
私たちは、顧客の働き方をどうすればより良くできるかに真摯に向き合いながら、ユーザー体験を高めるために積極的にリブランディングを進めるべきだと考えています。その過程で、ブランドの一貫性や統一感を保つことはもちろん重要ですが、それを守るために基本的な思考を硬直化させてはいけません。むしろ新陳代謝を促しながら、進化する顧客の期待に応える柔軟性が必要だと思っています。