見出し画像

読書感想#6【はじめての構造主義】ヒトって、未開も文明も同じ”構造”をもつのか。

皆さん ”構造主義”ってご存じでしょうか?
私がこの言葉を知ったのは、庵野監督の「シン・ウルトラマン」。
劇中でウルトラマンの斎藤工さんが、読む本が【野生の思考】という、レヴィ・ストロースの著作物です。
何かとても象徴的で、公開当時も庵野監督の”意図”が考察されていました。この中で、レヴィ・ストロースというヒトの名前と、”構造主義”という言葉を知りました。
でも、結局何のコトだか、さっぱり判りませんでした。

今回は、この判りずらい”構造主義”の超・入門編として、橋爪大三郎さんの【はじめての構造主義】を紹介します。
読後感想は、「ヒトって、近代的理性を駆動させて文明を進化させてきただけど、未開社会は全く別の理性で思考して、結果同じ”構造”をもつ。ヒトの思考って、とても不思議。」

レヴィ・ストロース ってどんなヒト?

レヴィ・ストロース。フランス人の社会人類学者です。
1908年生まれ~2009年没。
著作に、「親族の基本構造」「悲しき熱帯」「野生の思考」「神話論理」などがあります。
1955年に、「悲しき熱帯」がフランスで刊行されて、とても話題になり、一躍有名になったそうです。

何故、この本が話題になったのか?
この時代は、第二次世界大戦が1945年終結した10年後。
この著作はレヴィ・ストロースが文化人類学者として、1930年代に南米アマゾンの少数民族にフィールドワークを行った紀行分です。
この本では、未開社会の思考の分析、欧州文明社会への批判が散りばめられているようです。(すみません、僕は当然、未読です。)
橋爪先生は、この本がフランスで流行った理由を、”近代欧州文明の終焉”を社会が感じ取ったことを挙げています。

フランス。近代啓蒙主義の祖=ルソーを輩出し、1789年フランス革命で、自由・平等・生存の”人権”を宣言した最初の国。そこから近代国民国家が出来、私有財産が認められて資本主義が勃興し、産業革命が起き、技術革新が生まれ、欧州帝国主義による植民地支配で資本集積が加速した。
それが沸点に至るのが、”第一次・第二次世界大戦”。
諸説ありますが、ココで近代が終わったと言われています。

その、帝国主義的な近代欧州文明の限界が、多くのヒトを死に至らしめた世界大戦として結実した。
その戦後10年経って現れたのが、無名の文化人類学者が、「欧州が見下していた、未開文明にもキチンと未開なりの理性がある。欧州中心主義、理性万能主義ってもう限界じゃない。」と主張する。
ここで、一つの思想の終焉と、一つの思想の始まりが起こった。
これが、レヴィ・ストロースが有名になり、”構造主義”が有名になった流れです。

近代までの欧州の思想は、「進んだ欧州文明が、未開社会を発展させるために、支配する」という、啓蒙主義的思想・論理で、帝国主義を進めてきました。彼らの思想では侵略支配は”善”だった。
これ、本当に根がが深いですよね。
本音では、資本主義的な経済合理性で動いているのですが、キリスト教的価値観を持つ欧州は、”善きこと”の理由が必要です。
欧州はカトリック教会権力が強かった時代は、未開の地へのキリスト教布教という”善”で侵略・支配を行い、その後は啓蒙主義的”善”が侵略・支配の欧州の正当性を担保していました。

そのような思想に終止符を打つ潮流のひとつが、レヴィ・ストロースの構造主義でした。

”構造”ってなんだ?

まず、コレですよね。”構造”って何?
”構造”って聞いて皆さんは何を思い浮かべますか?
僕は、まず”建築”。家、ビル、橋梁、スタジアム。人類が文明進化に伴い、獲得した建造物を作る際に、獲得した知識としての”構造”。
次に、”社会”。「この問題は、構造的には起こっている」なんて言説はよく聞きますよね。
レヴィ・ストロースの”構造”は、ヒトが様々な知恵を絞った末に現出する”パターン”のようなモノをさしています。
ハイ、なんだか良く分からないですよね。

レヴィ・ストロースは、この”構造”を、世界中にある親族関係、とくに近親相姦の禁忌=インセスト・タブーの謎、部族間での婚姻原則、世界の神話から、読み解いていきます。

インセスト・タブー 何故、近親婚姻はあるのか?

日本では民法で、3親等内の傍系血族との婚姻は禁止されています。いとこ婚はOKだけど、兄弟は勿論、甥・姪とは婚姻はできません。
中国では同じ姓をもつ宗族では婚姻できななど、様々な婚姻の禁忌=インセストタブーがあるそうです。

これ、何故なのか?このインセスト・タブーって長く謎だったようです。
”そりゃ、遺伝異常が起こるからでしょ”。
これ機能主義的人類学という考え方なのですが、この解釈が難しい。
遺伝異常は他人婚よりは高いのですが、発生率を考えると、禁忌になるレベルにはないそうです。

近親婚姻のなかで、”平行イトコと交叉イトコ”の問題というのがあります。
平行イトコとは、同性の兄弟の子供のことです。例えば、自分が男性で子供がいれば、弟の子供が、これに当たります。
交叉イトコとは、異性の兄弟の子供です。自分が男性なら、妹の子供がこれに当たります。
未開部族社会には、平行イトコでは婚姻はできず、交叉イトコでは婚姻ができる社会があります。
また、交叉イトコの中でも、父親側の兄弟のイトコを父方イトコ、母親側を母方イトコとします。
交叉イトコの中でも、母方イトコを婚姻に選ぶ部族が多くあり、父方イトコは禁忌だったります。
これ、先ほどの遺伝異常のような機能主義で捉えても意味不明です。
何故、このようなことが起こるのか?

欧州的理性で捉えると、「未開部族では遺伝みたいな知識もないし、迷信に縛られてるだけでは?」と考えてしまう。
レヴィ・ストロースは、そうではない!と主張します。ちゃんと理由がある。

レヴィ・ストロースの「親族の基本構造」では、この謎をこのように説明しています。

【親族は女性を交換するためにある】

ハイ、今の価値観では、絶対ダメなやつです。これ公けに主張するヒトがいたら、社会的にもう生きていけないレベルです。
私も1ミリも共感しませんが、未開社会での理性と捉えてください。
あくまで、レヴィ・ストロースの読み解きですので、女性の方は不快だと思いますが、ご容赦ください。

親族の間で、性交できる女性を交換=贈り物とする、というコトが、未開社会の親族ではとても大切な意味を持っています。
女性を贈り続ければ、その親族には女性がいなくなるので、当然他親族から贈られなければなりません。
そこで、親族の中で、性交できる女性=妻=交換できない女性と、性交できない女性=姉妹=交換できる女性に、女性を区分します。
この二つの区分を対立構造と捉えています。交換できる、できない。
この区分=対立構造は、女性のヒトとしての機能は全く差異はありません。どちらも”女性”です。
つまり、交換するために禁忌をつくった。

この恣意的な対立構造をつくり、親族での一対一の交換=限定交換と、複数人族での交換=一般交換を行うと、上述のような父方交叉イトコでの禁忌が生まれます。
すみません、ここの“なぜソコに至るか”の説明はちょっと複雑になるので省きます。
要点は、親族というコミュニティ間での”交換”というネットワークをつくるために、親族の中で、恣意的な対立”構造”を創り出している。
近親の禁忌が大事なのではなく、”交換”が大事。
つまり、未開社会の迷信などではない、と主張しています。

神話って、共通する”構造”がある

レヴィ・ストロースは、このような”構造”を、世界中に散らばる”神話”に適用する試みをおこないます。

神話。日本にも日本書紀に記述された、イザナミの国生みや、アマテラスの天岩戸などの神話があります。
世界でも、ギリシア神話や、北欧神話、インディアン神話など様々です。

レヴィ・ストロースは、この世界中の神話を、似通ったものに分けて、ストーリーを解体し、要素=神話素(ストーリーの最小単位)に分解して、共通する対立軸の”構造”を見つけ出そうとします。
例えば、生と死、空とぶモノと地を這うモノ、これらを並べてみて分析を行っています。

この構造化は、欧州の精神支柱であるキリスト教に大きな影響を与えます。
キリスト教は、テキスト=聖書を読み解き、そのストーリーから神を見出す。
それが、ストーリーが解体され、構造化されれば、そこに神はいなくなる。キリスト教としては一大事です。
つまり、欧州的価値観の大本であるキリスト教価値観を、構造主義は未開社会の神話テキストと相対化させることで、欧州価値観の絶対性を突き崩す。
"俺たち欧州文明は進んでいて、未開社会は遅れているから、俺たちの価値観を教えることで、善くしてあげるよ"というマウントが通じないよね、とレヴィストロースは主張します。

最後に余談と感想

如何でしたでしょか?
ちょっと複雑でしたね。

神話っていう最古のストーリー。
これは、本書には書かれていないのですが、ジョセフ・キャンベルの「千の顔をもつ英雄」を思い出しました。
キャンベルも、神話に”構造”を見出します。
セパレーション(分離・旅立ち)→イニシエーション(通過儀礼)→リターン(帰還)。
この3段階を、様々な英雄譚の神話は踏襲している。
これ、メチャクチャ有名な話として、この構造を使った世界的に有名な英雄譚があるのです。
キャンベル氏の講義を大学時代に聞いた学生が、この構図を銀河を舞台にした英雄譚に仕立てます。
その学生の名は、ジョージ・ルーカス。
そう、「スターウォーズ」です。
惑星タトゥイーンにいる農夫の息子、ルーク・スカイウォーカー。彼が、ドロイドに仕込まれたお姫様からの救援要請のフォログラム映像を偶然見ることで、両親の死という別離から、母星を新たな仲間と旅たち、フォースの訓練、強大な敵となった実父との邂逅という通過儀礼を行い、ジェダイ騎士となり、父と、真の敵と、向き合い、克服し、仲間のもとに帰還する。
そう、映画史に今なお燦然と輝く、SF3部作です。
この話はとても有名で、神話を持たない欧州移住アメリカ人の、自分達の文化から創作した”神話”と定義するヒトもおります。

もっと私たちに近しいストーリーを分解して、構造化する手法を使って大成功しているコンテンツがあります。
マンガ雑誌「ジャンプ」です。
「ジャンプ」が発見した王道ヒロイックストーリー。これを最も成功した形で具現化したのが、「ドラゴンボール」。
少年”ゴクウ”が困難に出会い、成長し、大きなイベント=”天下一武道会”で更に強大な敵と出会う。敵と戦うことで、少年は成長し更に強くなる。その敵=”ピッコロ、ベジータ”と和解し、仲間となり、更なる強敵=”フリーザ、魔人ブウ”、と出会う。仲間の死を体験し、更なる成長=”スーパーサイヤ人”を遂げる。
この構図を、様々なマンガに展開し、「ジャンプ」は多くの人気コンテンツを輩出しました。
少年と大人、友情と別離、挫折と成長、困難と努力。「ジャンプ」が作り上げた対立する”構造”です

レヴィ・ストロースの考えた”構造”とは異なるかもしれません。
ヒトは、世界を読み解くときに、様々な対立する恣意的な”構造”をつくることで、理解する。
もしかしたら、そのようにしかヒトは、理解出来ないのかも知れません。
その対立する”構造”は、歴史、信仰、文明などの表層を超えて、よりヒトの深い認識に根差しているように感じます。

少し恐いなと感じたのが。ヒトは、自分の理解しやすい”構造”で世界を認識するということが、今世界で起こっている様々な”分断”の起源ではないかという、自分なりの仮説です。

レヴィ・ストロースが出現する以前の、欧州価値観を絶対視していた世界認識は、このような”構造主義”が出た後も、残念ながら相対化されているとは言い難いと思います。
というか、未開社会の価値観を認める流れは、例えば、映画「ブラックパンサー」でのアフロアフリカ文化や、「キラーズオブザフラワームーン」でのネイティブアメリカン文化が、映画文脈の中の欧米社会で認知が起きたりしたのですが、一方で、政治世界では、イスラム的価値観の国家や、中国共産党という中央集権王政的価値観(漢王朝の変奏)に対して、欧米が自身のキリスト教的価値観にもとづいた民主主義のフィルターでしか、理解しようとはしない。
それは、過去、欧州価値観が最高善として考えていた帝国主義的フィルターを通した世界の理解と大きく変わっていなのではないかと思います。
結果、”分断”が続いている。

レヴィ・ストロースが、”構造主義”を通して世界認識を改めてようとした思考を、もう一度捉え直すのが、今の時代に必要だと思いました。
日本って国は、良くも悪くも宗教的思考OSがなく、割とフラットです。
このフラットさで、世界の認識を”仲介”するような役割を担えるかもなーと夢想しました。

今回も長文にお付き合いいただきありがとうございました。
またのお越しをお待ちしております。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集