Hiroshi Maruyama

情報技術が社会に与える影響について興味を持っています。

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最近の記事

データビジネス創造コンテストを終えて

DIG18慶應義塾大学SFCキャンパスが中心となって開催しているデータビジネス創造コンテスト(通称DIG)は、高校生・大学生・大学院生のチームが、データ分析を利用した新たなビジネスのアイディアを競うコンテストで、2014年から合計18回開催されています。毎回、「ビジネスパートナー」と呼ばれる企業が、テーマの決定と賞金の提供を行い、さらに学生にはなかなか得られないデータや分析ソフトなどを素材として提供します。各参加チームは、提供データを分析したり、チームが独自に集めてきたデータ

    • 超知性のある未来社会シナリオ

      (注意:長いです。お時間のあるときにどうぞ) 今まで人工知能の研究の多くは人間の知性に近づくことを主眼としてきました。初期の研究者たちは最も「知的」と思われる人間の活動、たとえばパズルを解くとか、将棋や囲碁のようなゲームで勝つ、専門家と同等の診断をくだす、数式の変換をするなどのタスクに取り組み、その結果、機械は次々と人間の能力を超えてきました。画像や音声の認識など、人間が無意識に行っている認知能力については1990年代にしばらく停滞がありましたが、21世紀になって深層学習の

      • SFに学ぶ超知性

        人工知能研究の主要な目的の1つは、人間の知性を機械で模倣することによって、「知性とは何か」を解き明かすことです。70年ほどにわたる人工知能の研究によって、パズルを解く、ゲームをプレイする、定理証明を行う、画像や音声を認識するなど、多くの知的作業が人間と同程度、ときには人間を上回るレベルで機械に置き換えられることが示されてきました。言語を自由に操ることは、今まで機械には困難だと思われてきましたが、大規模言語モデル(LLM)の発達によって、それも人間並みにできるようになってきまし

        • 敗北を抱きしめて

          1945年8月15日の玉音放送で昭和天皇は、「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」という有名な一節を残しました。恥ずかしいことですが、戦後生まれの私はこれを「戦争で辛かったろう、よく堪え忍んでくれた」という意味だと、長い間誤解していました。玉音放送の全文をよく聴けば、そうではなく「無条件降伏の後に来る、異民族による侵略によっていかに日本国民が辛い目にあうか、自分はよく知っている、堪えてくれ」というメッセージだったということがよくわかります。当時の多くの国民の目線からは、それが当た

          抽象化の呪い

          (この記事は、2010年6月にMixiの日記に書いたものの転載です。Mixiでも、その後再掲したCNETでも、またキヤノン社内の掲示板でも多くのコメントをいただきました。) 抽象化は、複雑な現代に暮らす私たちの強力なツールです。抽象化のおかげで、私たちは複雑なこの世の中の細部まで理解しなくても暮らしていけます。 テレビのスイッチを入れれば、その裏にある技術的な驚異を気にすることなく、ワールドカップサッカーを観ることができます。電車に乗ってA地点からB地点への移動ができるの

          抽象化の呪い

          計算の未来と社会

          (2019年8月に、CNETに投稿した記事を加筆修正の上再掲するものです)  私たちが「計算」を考えるとき、現代のデジタル計算機の上でプログラムを実行することで行う計算を無意識に想像します。一方、深層学習やブラックボックス最適化の技術が進歩してきたことによって、明示的にアルゴリズムを記述しなくてもよい「計算」が実用的になってきました。「計算」とは何でしょうか。「計算」とは何かを広く捉えるとき、私達の社会が何にどのようなインパクトがあるでしょうか。私たちは何に備えていけばよい

          計算の未来と社会

          「ガバナンス」の神話

          先日、東工大同窓会のイベントで、決めつけてはならないとき・決めなければならないときという講演をしました。いつの世も、意思決定は難しいものです。より良い意思決定をするにはどうしたらよいか、もちろんどこにも正解はないのですが、少なくともヒントとして使えそうなものはいくつかありそうです。その中で 自主管理型組織(TEAL型組織) アジャイル開発 でどのように意思決定が行われるか、をお話ししました。 私は、この2点はいずれも、日本の製造業にルーツがあるのだ、という仮説を持って

          「ガバナンス」の神話

          見たくないものを、見る

          4年前の2019年に、人工知能研究者として私たちがすべきことというブログを書きました。そこで、人工知能の研究者は 正しく伝える 適切に怖がる 見たくないものを、見る という3つのことをしなければならない、と主張しました。 人工知能研究とは、知的とされる人間の活動を機械で模倣することによって、知能とは何かを明らかにしようとする学問です。「知的活動」の代表例として、ゲームをプレイする、数式を解く、専門家の思考過程を模倣する、画像を認識する、などの領域で研究がなされ、機械

          見たくないものを、見る

          ホモ・デウス所感

          (2018年11月にCNETにポストした記事の再掲です) 今話題になっている、ユヴァル・ノア・ハラリの「ホモ・デウス」を読みました。 歴史観 この本は宗教の歴史に関する本です。宗教といっても、キリスト教や仏教のような個別の宗教ではなく、むしろ人類の持つ世界観や、「生きる意味」というものに近いでしょう。農耕が発明される前、人類は狩猟や木の実や貝の採集で命をつないでいました。食べ物があるときには感謝し、ないときには飢え、時には他の大型動物から襲われることもあったでしょう。このと

          ホモ・デウス所感

          決めつけてはならないとき・決めなければならないとき

          先月、COVID-19は5類感染症に移行しました。決して終わったわけではなく、これからも気をつけていかなければならないのはもちろんなのですが、これからは「withコロナ」、すなわちCOVID-19のリスクを常に意識しつつ、通常の生活を送っていかねばなりません。これを機会に、2020年1月頃に始まったCOVID-19に対する対応について、検証してみる必要がありそうです。瀬名秀明らによる『知の統合は可能か: パンデミックに突きつけられた問い』[1](時事通信社、2023)はまさに

          決めつけてはならないとき・決めなければならないとき

          アカデミアと社会~2項対立を超えて~

          (2021年に、一橋ビジネスレビュー誌Vol.69の特集「研究力の危機を乗り越える」に掲載された投稿論文です) 概要学術に対する社会の風当たりが強くなってきている。本稿では、学術と社会の2項対立の構図を指摘し、社会に対する学術の価値が、知識の体系化と合意形成のプロトコルにあることを議論する。その上で、この2項対立を解消する方策を模索する。 1. 学術と社会の関係学問、すなわち科学や工学、あるいは電子工学や経済学のように「学」という名がつくものはすべて、知識を生み出しそれを

          アカデミアと社会~2項対立を超えて~

          功績主義の功罪

          (2021年4月に、CNETに書いたブログの再掲です) 水泳の池江璃花子選手が「努力は必ず報われる」と発言したことが、一時話題になりました。「努力すれば成功する」という考え方は、裏を返せば(対偶を取れば)「成功しない者は努力が足りない」とも解釈できるからです。池江さんの発言は、そのような一般的な命題ではなく、「努力してよかった」という主観的な感じ方を述べたのに過ぎないのでしょう(為末大さんのブログ「努力は報われるのか」[1] 参照)。ただし、「努力すれば成功する」という考え

          功績主義の功罪

          高次元科学への誘い

          2018年5月に、CNETブログに投稿した記事の再掲です。CNETブログは、2023年1月にサービスを終了しました。 (注意:長いです。お時間のある時にどうぞ。) 私は「情報技術が私達の社会にどのような影響を与えるか」という問題に興味を持っています。ここでは、最近進歩が著しい深層学習が、科学の営みにどのように影響を与えるかを考えてみたいと思います。「高次元科学」とでも呼ぶべき新しい方法論が現れつつあるのではないか、と思うのです。 1.深層学習と科学そもそも、この考えに行

          高次元科学への誘い

          世界を変えるはずだった「デザイン思考」はどこで間違ったのか

          MIT Technology Reviewに2月に掲載されたRebecca Ackermann氏の表題の記事を読みました。 https://www.technologyreview.com/2023/02/09/1067821/design-thinking-retrospective-what-went-wrong/ 世界を変えるはずだった「デザイン思考」はどこで間違ったのか、という記事です。日本語版もあるのですが、最後まで読むには課金しなければなりません。この記事は、

          世界を変えるはずだった「デザイン思考」はどこで間違ったのか

          人工知能研究者として私たちがすべきこと

          (2019年12月にCNETブログに投稿した記事の再掲です) 技術悲観論 英Economist誌のクリスマス特集号は、”Pessimism v progress” というタイトルの技術悲観論[1]から始まります。新しい技術は私たちの社会をよりよくしていくはずだったのに、顔認識技術によってプライバシーが侵害され、フェイクニュースによって民主主義の根幹が脅かされ、UberやAmazonのビジネス最適化によって労働者の労働環境が悪化し、貧富の格差が増大し、新たな管理国家が生まれよ

          人工知能研究者として私たちがすべきこと

          騙されない自分

          (2020年8月にCNETブログに書いた記事の再掲です) 7月に、「ホモデウス」で有名なイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリと、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンの対談[1]がありました。テーマは「ハックするか、ハックされるか -- 民主主義、仕事、アイデンティティの未来」というもので、情報技術に対するハラリの危機感と、タンの楽観論が対照的でした。 ハラリは、「自分自身より、機械のほうが自分のことをよく知っている」世の中に強い危機感を抱いてています。「自分にある

          騙されない自分