自暴自棄おじさん
満員電車なのになぜか優先席スペースのところだけぽっかり空いている。
「なんだろう?」
と、不思議に思っていたら、後ろから雪崩のように新しい乗客に押され、気がつくと私はその”ぽっかりスペース”にいた。
その瞬間に、なぜ空間ができているのかを私は理解した。
優先席スペースを一人のおじさんが占領していた。
マスクもせず、缶チューハイを飲みながら、大音量でアイドル動画をタブレットで観ていた。
その姿を見た瞬間に直感的に”ヤバイ”と感じた。
が、時すでに遅し、後ろにも左右にも動けなかった。
「よし、次の駅で一旦降りよう、、、」
私はなるべく息を止めて立ち尽くした。
無事に電車は次の駅で停車したので降りようとすると、そのおじさんは立ち上がった。
そして出口まで歩きながら、
「みんなうつっちまえええええええぇぇぇ!」
と叫びながら、
「ぺぇっ!ぺぇ!ぺぇええええええっ!!!」
と唾を左右に撒き散らしながら電車を降りていった。
車内では脅威が去った安堵感なのか、恐怖の思考停止からなのか、皆が静まり返りフリーズしていた。
ちょうどその頃、ニュースでは”俺はコロナ感染者だ!”と店で喚き散らして、威力業務妨害で逮捕されるおじさんが何人かいた。
怒りという感情は二次感情と言われ、その感情の本質は”恐怖や不安”だと心理学では定義される。
きっと皆、得体の知れない”死のウイルス”に感染する恐怖や不安でパニック寸前だったのだろう。
そして実際に心の壊れた人は自暴自棄となり”巻き込み自殺”を計ろうとする。
私は次の日、電車に乗られなくなっていた。
病院の診断は「適応障害」と「抑うつ状態」だった。
そう、今思えばこれが「複雑性PTSD」という地獄の始まりだった。
そしてその5日後の2021年6月1日、私は41度の高熱でPCR検査を受けた。
結果は陽性だった。