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短編など

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突発短編集です。各話に世界観の繋がりはありません。
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2017年2月の記事一覧

きんいろの帰路

 やわい秋草が頬をくすぐった。閉じた瞼の裏、真っ黒な視界にちらつく日の輪。清流みたいな風のおと。誘われるように瞼を持ち上げると、淡いエメラルドグリーンの空に浮いたやわらかそうな羊雲が、風に撫でつけられて渦のようにくるくると形を変えていた。流れが速い。そのうち雨が降るかもしれないなと、半分眠った頭のまま、とろけたバターみたいに空へと滲んでゆく白い雲を、夢の続きを見ているような気分で眺めていた。
 す

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月光

 喋らぬ狸と目が合った。
 馴染みの骨董屋の陳列棚にいつの間にか並んで居たそいつは、両手で抱えられるくらいの大きさの、小ぶりでかわいらしい狸の置物の姿をとっていた。ただの焼き物かと思ったが、そういう訳ではなかったらしい。陶器でできたつやつやした腹をぷくりと膨らませ、どこを見ているんだかいまひとつわからんような真っ黒な両目が、この時ばかりは俺のことを、じい、と掴んで離さない。どうにも俺は、昔から怪し

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ほんとの空を掴まえに

「不思議だと思わないかい。世間にはこんなに沢山の絵の具があふれているのに、あの空と同じ青色が一色も存在しないだなんて」
 黙ってじいっとカンバスに向かっていた彼がいきなりそんなことを口にするものだから、私は頬張っていたハムと卵とマヨネーズのサンドイッチを、ごくん、と思い切り飲みこんでしまった。
 いきなりどうしたのと、喉のつかえを紅茶で流してクラスメイトを仰ぎ見る。彼は普段どおりに淡々と筆を動かし

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