ラベンダー色の風にさらされた私の本性

スーパーで見かけた彼女との出会いは一週間前…。
目を奪われるようなやさしいラベンダー色のスカートをまとっていたその人は、よく見るとおなかがふっくらしていた。妊婦さんだった。
大きくなりつつあるおなかを抱えて、ひとりで買い物かと思いきや、母親らしき人と一緒だった。そもそもひとりではなかった。おなかの子も含めたら、常にふたり。
おばあちゃんも合わせて、三人で幸せそうにのんびり買い物していた。
限られた予算で必死に計算しながら、慌ただしくひとりきりで安物をカゴに入れまくっていた私とは大違いだった。
彼女の周りだけ時間もゆったり穏やかに流れている気がして、まるで別世界だった。おなかに赤ちゃんがいるというだけで。
 
一週間後…。
同じスーパーにて、見覚えのあるラベンダー色の風がふわっと目に飛び込んできた。彼女だった。やはり母親らしき人と一緒だった。身ごもっている娘には何も持たせまいと、母親は率先してカゴを持ち、先頭に立って食材を選んでいた。彼女は母親の後をゆっくりついて歩いているだけだった。三人で幸せそうな買い物タイム…。

いつもひとりの私は今日も相変わらず、高価な物には目もくれずに、少ない予算内でおつとめ品などを買い漁っていた。勝者の彼女と比べたら、敗者の私は惨めだった。
きっと彼女にはちゃんと稼いでくれるパートナーもいる。こうして買い物も家事もこなしてくれる母親もいる。なんて恵まれている人だろうと、理想的なマタニティライフを送っているように見える彼女のことが羨ましくなった。

私には養ってくれるパートナーも、頼れる母親もいない。(いわゆるきょうだい児のため、母は障害のある妹にかかりっきり。)
だから、産みたくても産めなかった。障害者の面倒を見ている母親に頼れないのは端から分かっていた。けれどひとりきりでの育児は無理があるという現実を知れば知るほど、頼れるのは母しかいないとも思った。一縷の望みを託して、妹のことは私の力で入院でも何でもさせるから、たいへんな時期だけでも協力してほしいと話してみたけれど、最初から分かっていた通り、無駄な抵抗だった。

我が子を手放した私は結局また、家族のケアラーになっている。虚しいし、情けない。ひとりではかけがえのない尊い命を守れない愚かな人間だった。
無力な私には成し遂げられなかったことを、容易くできている人たちが羨ましくて仕方ない。協力者がいるって恵まれているし、幸せなことなのに、恵まれている彼女はきっと母親がいることも、パートナーがいることも当たり前にしか思わないだろう。安心して子どもを産める環境で生きていられることがどんなに幸せなことか、可憐なスカートをまとっている彼女にはきっと分からない。

私は…あの頃、強烈な睡魔に襲われながら、ひとりで二時間以上運転していたし、その後に3～4キロ坂道もある道をひとりで歩いたりしていた。買い物だって重い袋を提げて、ひとりで歩いて持ち帰った。妹が発狂していた時は、無意識におなかをかばったりしていた。そんな環境だったから、夢見心地なスカートなんてはいてる場合じゃなかった。
着古しのズボンやくたびれた靴を履いて、おなかの子とふたりで生きる未来を夢見て、がんばろうとも思ったけど、結局ひとりじゃ無理だった。
 
そういうことを思い出すと、彼女の幸せが恨めしくて、赤の他人なのに、その子が無事に生まれなくて、悲しめばいい、苦しめばいいと思ってしまう人でなしの自分がいる。
別にラベンダー色の彼女に限らず、あれからずっとそういう思いで生きてきた。妊婦さんや親子連れを見かける度に、不幸せになればいいのにという思いも込み上げてしまうから、なるべく妊婦さんや赤ちゃん連れがいない時間帯(閉店間際とか)を狙って、出歩くことが多い。どうしようもないこの醜い気持ちを抑えるためには、そもそも他人の幸せを見ないようにするしか術はなかった。
 
でも未だにネットでも妊娠・出産記録のような記事を読んでしまう。
あまりにもつわりがひどくて、「妊娠やめたいと思った」、陣痛がつらすぎて「出産やめようと思った」なんて言いつつも、見事、母親になれた偉い彼女たちの言葉を読むと、じゃあ(私と同じように)妊娠やめたら良かったのに、そんなに痛いなら産むことも諦めたら良かったのにとつっこみたくなる自分が出てしまう。きっと母親になり損ねたダメな女仲間がほしいんだと思う。私は本当に愚かだし、醜い。
 
幸せそうに見えるだけで、ほんとはいろいろたいへんなことも抱えているのは分かるけど、妊婦さんや母親になれた人たちのことは見たくないし、関わりたくない。醜い心を出さないようにするためには、見ないのが一番だから見たくないのに、ラベンダー色の彼女のスカートはあまりにも美しくて、脳裏に焼きついて離れない。
私のおぞましい本性はラベンダー色の淡い風にさらされて、消えてくれない。

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