APACで活躍するリーダーに共通するスキル - 3つのE
Empathy (共感力)
APAC = 多様性
グローバル企業において、Asia Pacific(APAC)は一つの管理地域として括られることが多いが、その中身は多様性に富んでいる。
国によって文化、宗教、民族、言語、経済力、政治形態、人口動態と、ありとあらゆる側面で面白い程違いがある。
もっと言うと、一つの国の中に異なるそれらが共存しているケースも珍しくはない。
多民族が共存するシンガポールやマレーシアはその代表例であるし、うっかりインドにまで足を踏み入れてしまうと、多様性の幅も桁違いで、専門家や赴任者から言わせると異なる惑星に来たくらいのインパクトがあるらしい。
そんな中で何も知らずに地域統括会社なんかに出向した暁には、そこに待っているのはほぼ間違いなくカオスだ。
先ほど言及した国としての構造的な違いに加え、域内各国法人の機能(製造・販売・研究開発)や事業内容、成長ステージが異なる場合も多い。
そうすると当然会社としての課題も違えば、そこに働くナショナルスタッフや駐在員の悩みも異なる。
そんな中で最も現地から嫌われ混乱を生み出すのは、標準化、効率化、ガバナンスといったそれらしい理由をつけて、域内の多様性を理解せずに本社の論理を強要するタイプの統括会社だ。(その担当になった赴任者には心底同情する)
標準化と聞くと聞こえはいいが、結局のところ最大公約数的、平均的な発想になりがちだ。
平均の罠はそこに実態があるとは限らないことだ。
平均・標準化の罠
例えばあるテストでAさんは80点、Bさんは40点を取ったとする。
するとそのテストの平均は60点となるが、60点を取った人は誰もいない。
つまり、この場合60点という点数は実態を代表しているとは言いがたい。
他の例を挙げると、例えば服のサイズ。
体格からすると、AさんはLサイズ、BさんはSサイズが似合う。
しかしバラバラに作ると諸々のコストが余分にかかるので、二人とも似合わないMサイズを二人に配る。
かなり極端な例だが、これが平均値を使う際に気をつけるべき罠だ。
つまり、多くの人が無意識に平均値周辺に多くのサンプルが密集している正規分布をイメージしがちだ(=つまり、平均が多くの人を幸せにするという幻想を持つ)が、実態のバラツキ(多様性)が大きい中で全てにフィットしようとする制度やプロセスを作ってしまうと、どこにもハマらないという悲劇を生む可能性がある。
理解と共感の違い
そこでAPACで活躍するリーダーに必要なのは、各国の違いを理解するだけでなく、共感のステップまで踏み込む事である。
理解とは、理屈的に分かることを指す。
共感とは、感情を共にすることを指す。
つまり理論上、「頭ではあなたの言っている事は理解できるけど、心では全く共感できない。」という事が起こり得る。
逆もしかりだ。
私は、顧客やナショナルスタッフの事を理解するにとどまる場合と、共感まで踏み込む場合では、パフォーマンスに大きな違いが出ると考えている。
日本では、一般的な企業がターゲットにする消費者の基礎的欲求(マズローの5段階欲求説において低レベルに位置付けられる生理的欲求、安全的欲求)は、おおよそ既に満たされている場合が多い。
多少の違いはあるが、これはAPACの文脈でも同じことが言えるだろう。
すると多くの消費者が次に求めるのは、社会的欲求、承認欲求、自己実現といった上位欲求である。
つまり顧客にとって価値がある製品やサービスを提供するためには、それら上位欲求を満たす手助けをしなくてはならない。
iPhone vs Samsung
例えば、iPhoneユーザの多くはその基礎的機能を理由にiPhoneを選ぶ訳ではない。
彼ら(私も含め)は、同じ価格でもっとスペックの良いオプションは世の中に溢れているのに、わざわざ高くて性能が低いApple製品を選ぶ。
なんなら他社製品との比較すらしない。
なぜか?
それは単純に「かっこいいから」。
もっと言うとiPhoneを持っている「自分」がかっこいいから、かっこいいと「思われたいから」、iPhoneを選択する。
(もちろん、他の理由でiPhoneを選ぶユーザがいることは理解している)
つまり、スタバでMac Bookを開いて仕事をするのがかっこいいと思うから、ドトールではなくスタバに行くし、HPよりMac Bookを選ぶ。
Appleもそれをわかっているので、広告では機能に焦点を当てず、クールなユーザ体験、製品イメージを作り上げることに全力を費やし、他社に比べて高い粗利率を実現する。
これは携帯やパソコンが汎用化され、機能面(=基礎的欲求)はどれを選んでもほぼ満たされる環境になってきたため、上位欲求(=かっこよくありたい、そう思われたい)で差別化しているいい事例と言える。
こういった上位欲求は多くの場合、理性ではなく感情の層に眠っている。
つまり、オフィスで統計データを眺めて市場を理解したつもりになるのはかなり危険で、競合を出し抜くには消費者がどんな痛みや喜びを抱えながら生きているのか、その感情を知る必要がある。
その第一歩としては「(仮に理解ができなかったとしても)同じ体験などを通じて顧客やナショナルスタッフに共感してみる」ことが有効と言える。
これが結果的に他社・他者との違いを生み出す種となる。
Engage(踏み込む力)
但し、共感は1人ではできない。
共感する相手が必要だし、その相手に話を聞き、観察し、実際に自分も同じような環境に身を置いて初めて共感が可能になる。
そのため、APACで活躍するためには、色々な人に会い、話を聞き、行ったことがない場所に行き、匂いをかぎ、自分がやったことがないことにチャレンジするといった行動力、人に積極的にかかわる力が求められる。
そういった意味で、もし毎日駐在員同志でランチに行き、週末は仲間内でゴルフに行くといった生活を送っている場合は要注意だ。
前任者の仕事を淡々とこなし、後任に引き継ぐことはできても、市場や社内の隠れた痛みや喜びを検知し、競合を出し抜く様な革新の種を見つけるのは難しいだろう。
Evolve(進化する力)
そして新たな価値観に触れた際に、相手ではなく自分の考えを柔軟に変化させ、既存の製品・サービス、社内の制度等を相手に合わせる形で進化させることができるかがポイントとなる。
特に成長が著しいAPAC市場では、一度進化させ競合を出し抜いたものがすぐに模倣され、汎用化・陳腐化するスピードも速い。
つまり、一度ではなく常に進化するマインドセットと実行力が必要となる。
ここでも注意が必要なのは、依然として日本で売れている製品・サービスをAPACで販売するという構造を取っている企業が散見されることだ。
多くの企業が「ローカル製品よりも少し高いが、品質も良いものを中間所得層に」という戦略を取っているが、本当にそれを顧客が求めているのかを見極めなければならない。
自社の顧客提供価値は何で、それが顧客のどんな痛みを軽減し、どんな喜びを増幅させるかを説明できないと、顧客は違いが分からないし、物が溢れている現代社会の顧客の心は動かない(=いくら頑張っても売れないものは売れない)。
この様に、市場に共感し、現地に深く入り込み、自らを常に進化させる謙虚な気持ちがこそがAPACで成功するために必要な基礎スキルになっていくだろう。