改善と革新 - 似て非なる二つのフレームワークと実現方法
つい先日似て非なる2つのコンセプト、「改善」と「革新」についてお話をさせて頂く機会があったので、簡単な記事にも起こしてみました。
結論から言うと、「改善」と「革新」ではフレームワークから会社の仕組み、構築すべき文化までほぼ正反対のものが求められます。
今回の記事では、その理由とそれを打開する際によくある間違いと推奨される方法論について整理しています。
初めに、今回のストーリーは以下のペルソナを意識して準備をしています。
主人公のプロフィール
基本情報
名前: 佐々木保さん (仮)
性別: 男性
年齢: 43歳
新卒で食品メーカーに就職し、20年目
GMとしてマレーシアに赴任し、2年目
現在Mont Kiara周辺で、家族(妻、子供2人)と暮らす。過去にシンガポールへの赴任経験もあり。
置かれている状況
日本市場ではトップシェアを誇るが、人口減少による市場縮小の見通しから、アジア市場におけるシェア拡大を命じられている。
先人の努力により現地でも一定の知名度はあるが、ローカルやその他海外ブランドの力が強く、伸び悩んでいる状態。
1年目は引継ぎで精一杯だったが、2年目に入ったことで、戦略を立て、行動を起こし、結果を出し始めなければならない状況。
抱えている悩み
アジア市場での成長を期待される一方で、日本人駐在員は減少傾向にあるため、ナショナルスタッフを軸にした組織作りをしながら、オペレーションの安定化や改善も実現しなければならない。
但し、オペレーションの質を高めただけでは、本社から期待されているだけのシェア拡大は見込めないため、並行して革新的な取り組みによって、競合を出し抜く施策の検討をしなければならない。
つまり、ナショナルスタッフを中心にしたオペレーションの改善とイノベーションの創出を同時に期待されており、頭を抱えている。。。
皆さんは、佐々木さんに共感できる部分がありますでしょうか?
もちろんこの記事の読者の多くは、食品とは異なる業界で戦っていらっしゃるかと思いますが、この記事を開いたということは、文脈は違えど少なからず共感できる部分があるのではないでしょうか?
実際この佐々木さんのプロフィールは、色々な会社のマネジメントの皆さんのお話を元に作成しています。
さて、みなさんが佐々木さんと同じ立場だったら、もしくは実際に業務で同じ様な立場に立たされていたらどうしますか?
もちろん色々なアプローチがあるかと思いますが、佐々木さんはまず手を付けやすい業務改善に着手することにしました。
(私でもそうするかな、という方も多いのではないでしょうか?)
ただし改善と一言で言っても、簡単そうで奥が深いですね。
必要なことが多すぎて、何から着手していいか分からなかった佐々木さんは、ChatGPTに改善について色々と聞いてみました。
改善とは?
まずは一つ目の質問を書き込みます。
「改善とはそもそも何ですか?」
この問いに対し、「ある状態をより良くすること」という回答を得ました。
なるほど。
つまり、イメージ的には1を2にするイメージに近い。
ただ辞書的な定義だけを知っても意味が無いので、更に具体的な「方法論」を聞くと、いくつか世界的に使われている手法が出てきました。
その中で文字通り「カイゼン」という手法を見つけました。
これはトヨタが開発した問題解決の手法で、製造業に問わず世界的にも広く使われている方法論の様です。
一般的にトヨタ・ビジネス・プラクティス、通称TBPとも呼ばれています。
この手法(フレームワーク)の中身ですが、まずは①問題を定義します。
その際、問題とはあるべき姿と現状のギャップとして捉えることができるため、マネジメントとして組織や業務プロセスのあるべき姿、つまり目標を設定することが問題解決の第1歩になります。
このことから、問題とは目標を常に高く設定し続ける事で自ら人為的に創り出せるものであることが分かります。
佐々木さんは、「なるほど」と頷きます。
こうすることによって、トヨタは常に長年カイゼンを続けることができるのか。。
当然この①問題の定義が最も重要で、その後には、②問題の優先順位付けをし、③原因分析をし、④ソリューションを考えるという流れになります。
これを踏まえると改善活動の起点は目標の設定であり、コミュニケーションはどうしてもトップダウンの色が強くなります。
これを支える代表的な仕組みがMBOであり、これを導入した組織は目標に対する「コミットメント」を重視する文化になります。
ここで佐々木さんは、一旦立ち止まり考えます。
「理にかなっている気はする。組織の土台固めとして、必要性も感じる。但し、これが本当に作りたい組織なのだろうか?表現を変えると、この仕組みや文化を創り上げた暁には、本当に競合を出し抜くことができるのだろうか?」
苦悩、葛藤、迷いです。
そこで佐々木さんは、革新の方についても調べてみることにしました。
もちろん相棒はChatGPTです。
革新とは?
革新とは、「革新は、従来のやり方や考え方に対して新しい視点を持ち込み、新しい価値や可能性を創造するプロセスである。」と出てきました。
イメージ的に、改善が1を2にすることだとしたら、革新は0を1にすることに近いのかもしれない。
ただそんなありきたりな答えが欲しいのではない。
問題はどうやったらそれができるのかです。
若干ChatGPTにも苛立ちながら、革新的と言われている企業がどのようにイノベーションを生み出しているのかを更に調べてみると、「デザインシンキング」という手法にたどり着きます。
普段から自己研鑽や情報収集を怠らない佐々木さんは、デザインシンキングという言葉を聞いたことがありました。
しかし説明できるほどの知識はなかったので、これを機に更に踏み込んで調べてみることにします。
デザインシンキングの活用企業
イメージを膨らませるために、デザインシンキングを活用していると言われている企業を調べてみると、以下のような名だたる企業が出て来ました。
Google
Apple
Microsoft
NETFLIX
Singapire Airline
Emirates
Verizon
T-Mobile
TOYOTA
Tesla
P&G
Coca-Cola etc.
皆さん、馴染みがある企業が多いのではないでしょうか?
「イノベーション」というキーワードから連想される会社が多く含まれています。
比較的イメージがしやすいB to Cから、BtoBまで、共通して顧客体験の向上や革新的なサービスの提供のエンジンとしてデザインシンキングを使っているようです。
更にシンガポール政府も「デザインシンガポール」という国家プログラムを設立し、創造的な問題解決能力を養うためにデザインシンキングの普及に努めていると出てきました。
佐々木さんはマレーシアの前にシンガポールへの赴任経験があるので、シンガポール政府の戦略性の高さには馴染みが有り、このことからデザインシンキングという手法がイノベーション創出の原動力になるという事実を認めざるを得ないな、という気持ちになってきました。
更に調査を進めていくと、デザインシンキングの中身が少し見えてきました。
デザインシンキングのプロセス
デザインシンキングのフレームワークは複数存在しますが、多少の違いはあれど大きくこの5つのステップで進んでいきます。
Empathise
Define
Ideate
Prototype
Test
改善のフレームワークと比べると共通点もありますが、大きく異なる部分もあります。
例えば、Empathize、つまり共感から始まるということです。
目標を設定し、その目標と現状とのギャップを問題として定義することから始まるカイゼンのフレームワークとは大きな違い、自分達の製品やサービスの利用者の気持ちの寄り添うことから始まります。
このことから、デザインシンキングは感情、つまり利用者の喜びや痛みを問題の起点として捉え、それを現場で収集することが重要となるため、コミュニケーションは必然的にボトムアップになります。
これを支える仕組みとしては、MBOの進化系と呼ばれるOKR*が一般的に利用され、その仕組みを使ってリスクを取って挑戦し、失敗を広く許容する文化の構築が求められます。
*OKRとは、先ほどご紹介したようなイノベーティブな企業で開発されたツールで、日本企業だとリクルート、ヤフー、メルカリといった企業が続々と導入している仕組みです。
改善と革新の比較
革新に関する調査とその整理を一旦終え、佐々木さんは再度立ち止まり、この比較表を眺め、あることに気が付きます。
それは何かと言うと、「改善」と「革新」ではフレームワークから会社の仕組み、構築すべき文化までほぼ正反対のものが求められることに気が付いたからです。
「どうすればいいんだ・・・」
心から声が漏れます。
さて、ここで皆さんに改めて質問です。
皆さんは改善と革新の両方の実現を求められています。
しかし、この2つを実現するために必要なフレームワークや仕組み、文化は異なるどころか正反対の様にも見えます。
みなさんだったらどうしますか?
改善と革新の両立方法
もちろん採るべきアプローチは組織の前提によって変わってきますが、ここでは避けた方がいいアプローチと今世の中的に推奨されているアプローチをご紹介したいと思います。
よくある失敗例
この2つのコンセプト、「改善」と「革新」を比べると、多くの企業は既に改善のための仕組みや文化を持ち合わせています。
そこで、既存の枠組みに革新「も」実現できるような仕掛けを追加しようとします。
例えば、MBOの目標設定に難易度のパラメーターを追加し、達成度と難易度の掛け算で評価が決まるといった形です。
これ自体は決して間違っておらず、私が知る限りでも複数の企業がそういった評価シートを採用しています。
但しその評価が報酬に紐づいており、更に点数化される場合、社員はどうしても守りに入り、できるだけ低い目標を立て、その達成度や難易度を過大評価するという動機が働きます。
これはアジアの分脈でより顕著で、日本だと自己評価は控えめに付ける方が多いですが、少なくともシンガポールやマレーシアでは上司の評価よりも高い自己評価を付けてくるケースをより多くお聞きします。
皆さんも思い当たる節があるのではないでしょうか?
また重要なルーティーンワークを担当する部署からすると、難易度が高い目標を立てろと言われても、それによって日々の業務に支障が出てもいいんですか?と言いたくなります。
もちろん難易度が高い目標を達成した時のメリットと、日々の業務で失敗した時のデメリットを比較し、どうしても守りに入る傾向にあります。
このことから、元々ある既存の業務を安定的にデリバリーするための仕組みや文化にピンポイントで革新のエッセンスを加えても、そこで矛盾が発生してしまい、日常業務にも歪みが起きかねません。
推奨される方法
ではどうするかというと、思い切って大きな組織の中に全く異なるフレームワークや仕組み、文化を持つ2つのビジネスユニットを共存させます。
具体的には、既存業務をしっかり回しその延長上で改善を重ねるチームと、全く新しい方法で新しい価値を創造することを目標とするチームを分け、それぞれに違う仕組みを導入します。
これは両利きの経営という研究で提唱されている方法でもあり、この両者をトップマネジメントが橋渡しをして行きます。
そうすることで、改善チームが日々業務で見つけた顧客の痛みや喜びを革新チームに共有し、それを一つのインプットとして革新チームがデザインシンキングを使ってソリューションを考え出し、それを改善チームに新しいアイディアとして渡してテストしてみるという流れを創り出します。
この構造を一つの組織の中に創り上げることがべストプラクティスの一つとされていることを学び、佐々木さんはこの後時間をかけて組織変革に取り組むことにしました。。。