とんぐ侍
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
つかみどころのない侍
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
今日は何をつかもうか
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
明日はでっかい夢つかむ
【とんぐ侍のモーニングルーティン+αの巻】
とんぐ侍は目覚めがすっきり。
どんな日も晴れやかである。
365日欠かさずしていること、それは目覚めて検温をしてから、ゆっくり時間をかけ、体操を始めるのだ。
寝転がったまま両手両足を天井に向かって挙げ、バタバタバタバタっと気持ちの良い加減でする。
とんぐ侍の女房が、朝の仕度ですでに起床した後に体操をするため、余計に思いっきりバタバタしている。
とはいえ、まだ朝の静寂の中で行う体操である。
ある時、とんぐ侍がバタバタバタバタっと体操する時に生じる、パジャマと布団の摩擦音や、真剣だからこそ漏れる謎めいた吐息が、とんぐ侍の家族を心配させた。
とんぐ侍の寝室をノックする次男。
「父上、失礼しますよ」
とんぐ侍は両手両足を挙げてバタバタしながら、目だけ引き戸の向こうにいる次男を見た。とんぐ侍はいま忙しいのだ。
次男は驚いた。
まるで、もがいているゴキブリのようなとんぐ侍を目の当たりにしたのだから。
そして次の瞬間笑ってしまった。
「ぶふっ…。
…何をしているのですか?」
とんぐ侍は息を切らして答える。
「た、たい…そうやっ」
以来、家族は「ゴキブリ体操」として認識した。
「ゴキブリ体操」の後は、体を起こし、座った状態で両手を前に出してグーパーを歳の数だけ繰り返す「グーパー体操」をする。
目覚めてからゆっくりと、体を起こすまでの流れを作り、とんぐ侍は自分の今日の体調を知り、整えるのだ。
立ち上がってからは、とんぐ侍は、てきぱきとよく動く。
平日休日も関係ない。
窓を開け、布団をたたむ。服を着替える。靴下を履く。
歯を磨き、コップ一杯の水を飲む。
その後は、とんぐの女房の助けになればと、お台所の片付けや洗い物、食器の整理も慣れた手つきでやってのけるのだ。
そしてようやく腰を下ろす。
ホット青汁を飲み、朝食を取り、自分の食器洗いをする。
ひと段落し、とんぐ侍は、いよいよ自分の身だしなみタイムだ。
玄関の姿見前で髭をシェーバーで剃り始める。
ウィーンガルガルガルルル
ウィーンジョジョジョッ
剃り終わり、シェーバーのスイッチを切る。
ブッ
「ん?
…父上、今の音は何ですか?」
リビングにいた長男が聞いてきた。
「モーニングッ!」
とんぐ侍はハキハキと元気よく答える。
「ブッとモーニングッ!」
とんぐ侍は、朝から調子が良いようだ。
長男の笑い声がリビングから聞こえてきた。大きな口を開けて笑っていた。
とんぐ侍も目を細め、一緒になって笑った。
この「ブッとモーニングッ」だけは毎朝のことではない。
ルーティンを行いながらも、毎日同じでないのが、生きている証拠。ハプニングは付きもの。
笑い声を出すという、腹筋と表情筋にも良い鍛錬の後、とんぐ侍はまたいつもの身だしなみに戻る。
食後の歯を磨き、入念な泡洗顔。オールインワンジェルで保水保湿をする。
首や手にも忘れない。とんぐの女房から教えてもらったことを丁寧に行う日々、とんぐ侍の肌は美しくなっていた。ハンドクリームもいつもより塗り込んでおきたい季節だ。
髪の手入れも大事なひとときであった。
もつれる髪もないのだが、優しく梳かし、跳ねたり耳にかかってきてないか、鏡に問う。洗面台の三面鏡は、家族の誰よりも、毎日とんぐ侍を映し出し、その360度の状況を知っている。
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
明日はでっかい夢つかむ
モーニングルーティンを終えたとんぐ侍。
新聞を取り入れ、玄関掃除をする。
晴れた日には、日の出や朝焼けを愛で、鳥のさえずりに耳を傾ける。
雨の日には天の調べを楽しんでいる。
この日は自らが、お尻の調べを奏でていた。
【出会いはスローモーションの巻】
ある日のこと。
とんぐ侍は車に乗っていた。
車窓を開けて走っても気持ちの良い季節になった。
とんぐ侍は運転席の後部座席から流れる景色を眺めていた。
空も雲も空気もすっかり秋の粧いだ。樹々の紅葉にはまだ早い。
「良い景色やなあ」
住宅街の道を車同士が行き交う。
すると、前方よりのんびりと道の真ん中を走ってくる一台の車があった。
運転していたとんぐ侍の長男は、先に通行してもらおうと、一旦停車した。
なにやら遠くの車内から右手を挙げてくれている。お礼の挨拶だろうか。
…まだ来ない。
もう一度、前方の車内より右手をゆっくり挙げてくれ、そのままの体勢である。礼を尽くしてくれているのか。
…間もなく通過されると思われる。
とんぐ侍は、
思わず中森明菜さんの「スローモーション」を口ずさみそうになっていた。
以下、脳内にて映像化をお頼み申す。
🎤「出逢いは〜スローモーション〜♪
瞳の中 映る人」
顔見知りか?と、一瞬こちらの記憶をたどりそうになるが、
…やはり全くの初対面のご高齢男性である。
🎤「出逢いは〜スローモーション〜♪
心だけが 先走りね」
ゆっくりゆっくり。
加速度を増すことなく近付いてくる。
前方の運転手は、ようやく2度目の右手を下ろした。
🎤「出逢いは〜スローモーション〜♪
恋の景色 ゆるやかだわ
出逢いは〜スローモーション〜♪
恋の速度 ゆるやかに」
お願いだから前方を見ていてほしいと思わせるほど、こちらを見ておられた。
もちろん出逢いではなく出会いであり、
「恋の景色」は「普通の住宅街の景色」であり、
「恋の速度」は「ご高齢男性のアクセルの踏み込み具合」であった。
ゆっくりゆっくり、通り過ぎて行かれた。
︎〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
明日はでっかい夢つかむ
開いた口のままバックドア越しに、ご高齢男性が運転する車をいつまでも見送るとんぐ侍。
「どうか安全運転を🙏」
知り合いではなかったが、今や知り合いでないとは言い切れない気分のとんぐ侍であった。
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
つかみどころのない侍
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
今日は何をつかもうか
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
明日はでっかい夢つかむ
とんぐ侍の日記のような旅は、まだまだ続く。
いつでもキミの隣に座り、笑いと励ましをくれる。
〽︎とんぐ とんぐ とんぐ侍
ともに未来の夢つかもう
<写真・文 ©︎2022 いけだひろこ>
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