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#2 ツールで子育て対話~親のためのシステム思考~

ある夜、台所で勃発した小さな争い

 ある平日の夜の台所。オーブンにはマフィンの生地が並び、少しずつ膨らみつつある。その横で、母と子がケンカしている。

子「せっかく作った生地を落としちゃったんだよ!」
母「夕飯つくるために私がオーブンを使うって分かってたよね!」

 子は、マフィンの生地の一部を落としてしまったことにショックを受けている(でも、一人でなんとか事態を収拾してオーブンに入れて焼き始めた)。母は、時間を逆算して、あとは焼くだけというところまで下準備した夕飯用の鶏肉をオーブンに入れようと台所に来たら、オーブンが占拠されていることに動揺。ほんの数秒間で言い争いになった。

 家庭内では、他人とは起きないような言い争いが突如勃発してしまうことがしばしばあります。

「私の方がかわいそうでしょ」合戦

 先日、システム思考実践研究家の江口潤さんと立ち上げたオンライン対話の場「ツールで子育て対話~親のためのシステム思考」2回目を開催しました(参加くださった皆様ありがとうございました!)

 今回は「エスカレート」について対話しました。分かりやすい一例は、軍拡競争。Z国が軍備を増強したら、それを見たY国がZ国に負けないように軍備を増強する。それを見たZ国はさらにY国に負けないように軍備を増強する。それに負けじと、Y国もさらに軍備を増強する……お互い消耗するだけの状況が続きます。

 まずは、身近な例をそれぞれ参加者のみなさんと考えます。きょうだい間や夫婦間のけんかなど、エスカレートに当てはまる例は家庭内にいろいろありそうです。なぜエスカレートが起きるのか。みんなで冒頭の事例について対話しました。

 子どもは、お菓子の生地を床に落としてショックだった。その気持ちを誰かに受け止めてほしかったわけです。母は「まず、子どもの気持ちを受け止める」ことをいつも心掛けてきたつもりでした。しかし、いきなり子どもに声を荒げられて、さらにオーブンが占拠されていて(使うと伝えていたつもりだったのに、伝わっていなくて!)動揺したわけです。

 母は「そんな失敗なんてよくあることだよ」といった言葉をかけました。母としては、子の気持ちを精一杯受け止めたつもりでしたが、子どもからすれば「気持ちを受け止められている」とは感じられません。さらに声を荒げて、自分がどれほど大変だったのかを伝えます。しかし、母の胸にも「オーブン使えなくて、私だってかわいそうじゃない?」という気持ちが芽生えており、「私がオーブン使う予定なの知ってたよね?」と言いました。そして、しばしの間、言い争いになりました。

 それぞれの心の声を翻訳すると、

子「(生地を落としちゃった)私のほうがかわいそうでしょ! 分かってよ!」
母「(オーブンを使えない状態に陥った)私のほうがかわいそうだよ。そっちこそ分かってよ!」

 こんな風に、「私の方がもっとかわいそう」合戦になってしまったのです。心の声をさらに想像すると、

(子)生地を落としちゃって大変だったんだよ!
(母)自分の感情を抑えて子どもの気持ちを受け止めたつもりなのにさらに責められた!
(子)大変だったのにその気持ちを親に分かってもらえないなんて!
(母)私のほうこそオーブン使えないのよ!
(子)お菓子を作って驚かそうと思ったのに、責められてる!
(母)みんなの夕飯を作るために使う予定だったのにそれを邪魔されるなんて!

 短い時間軸で、「かわいそう度合い」を競うようなエスカレートが起きていました。

エスカレートを加速させたのは何か

 江口さんがループ図を描き、思いつくキーワードをみんなで加えながら、「何がエスカレートを加速させているか」について対話しました。

  出てきたキーワードは「感情」「コミュニケーション不足」「思い込み」「時間のなさ」「これまでの頑張りのピーク」「お互いの理想の大きさ」「愛情」です。

・「感情」は、明らかにエスカレートの要因です。
・「コミュニケーション不足」! 「今日は鶏肉を焼くからね」と下準備の場面を子どもに見せていたので、母は意図が伝わっていると思っていました。でも、実際は本人が思っているほど伝わっていないのかもしれません。「それ取って」で伝わることも多い家族という間柄に甘えて、言語によるコミュニケーションが足りなかった可能性はあります
・その背景には「思い込み」もあります。夕方は母が台所を使うのが当たり前で、それを家族のみんなも知っているはず、という母の思い込みがありました。
・「時間のなさ」。限られた時間の中で、お互いのやりたいことが重なってしまいました。
・「これまでの頑張りのピーク」。夕方は母子とも疲れがたまっている時間帯でもあります。氷山モデルにすると、夕方は常にいさかいが起きやすいというパターンが描けるかもしれません。
・「お互いの理想の大きさ」。子どもの理想「マフィンをこっそり作って母を驚かせよう!」、母の理想「早く夕飯を作ってあげたい!」。そんなお互いの理想がありました。
・「愛情」。そのお互いの理想は、愛情から生まれています。

 みんなで対話することで、表面に現れていなかったことが次々と見えてきました。参加者の皆さんも、ほかの家庭の事例について深く考えてみることで、それぞれご自身の日常につながる気づきを得られたようでした。

流れを変えるための冷静さ

 このエピソードには続きがあります。言い争いをしている途中で、「お互いお菓子を作ろうとしていただけ、夕食を作ろうとしていただけなのに、なぜこんなけんかになっているのか?」という疑問がふと母の頭に浮かびました。

 そこで、母は思い切って子どもをハグをしました。すると子どもも突然冷静になりました。さらにしばらくしてから、子どもは「あそこでハグしてもらってよかった。じゃないとずっと怒り続けていたかもしれない」と言いました。どこかの時点で一方が「負けるもんか!」をゆるめることで、相手もゆるみ、流れを一変させることができる――考えてみると、ごく当たり前のことです。でも現実には意外と難しい。エスカレートを加速させるものについて深く考える機会を持てば持つほど、自分の感情も大事にした上で、エスカレートを止めることができるようになるのかもしれません。ツールを真ん中に置いてみんなで対話したおかげで、いろいろ気づくことができました。

 本音を出し合えるからこそ、他人とは起きないような小さな衝突が勃発するのが家族。お互いのことを考えて頑張っているからこそ衝突が起きることもあります。そんな家族という存在への感謝を忘れないようにしたい、とも改めて思いました。

「ツールで子育て対話~親のためのシステム思考」イベントの次回案内ページはこちらです。

システム思考実践研究家の江口潤さんのnote


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