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Bundaberg 今ってやつに一生懸命でいてね

note 7th!? noteが7周年と言う事ですね!!

おめでとうございます。僕は今年になってから書き始めましたので、まだまだnote歴は浅いですが、何卒よろしくお願いします。仲良くしてください。


今日、僕は職場のネパールの友達と久しぶりにみんなでお茶をしばきに出掛けておりました。

みんな日本語がうますぎるので、勉強頑張ったんだなぁと、感心しております。

こんなことしてていいのかな。とも思いつつ、街は今日も人でごった返しております。

ね。東京。大丈夫かい。


東京でも、23区と6市が4月12日~5月11日まで、「まん延防止等重点措置」が出ているようです。

もう、Wikipediaで説明がされている!! ありがとうございます。

読んでおきます!!


こんばんは、みんな!!

今回のタイトルの地名の「バンダバーグ」ってどこ? ですよね。

バンダバーグは、オーストラリアのクイーンズランド州、ブリスベンから北へ約385km離れたところにあるんですって。

地図を貼り付けておきます。ぺた。

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旅の青年はなんとなく、あの赤いポチ印の辺りの農場での仕事が見つかったので、ゴールドコーストから移動していくようです。

ちなみにゴールドコーストは、ブリスベンの南約78kmのところにあるとの事です。

なんだか、移動する時から大変だったみたいですよ。

ちょっとお邪魔してみましょう。行ってらっしゃい。

Bundaberg 今ってやつに一生懸命でいてね

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朝一でブリスベンに戻ってからバンダバーグまで向かった。

電車の中、隣の席のおばあさんも電車に揺られて心地よさそうだ。僕も今朝早く起きたのも手伝って、やけに眠い。

うとうとしていると、電車もうとうとしだした。

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ずいぶん寝ぼけた電車だ、スピードがとにかく遅くなってる。どうやら予定時刻にはバンダバーグに着かないらしいアナウンスがされているみたいだ。当然俺には何のことだかわからなかったが、周りのリアクションも含めて感じ取った。

これはやばい、せっかく仕事もゲットしてシェアハウスまで連れてってくれるっていう約束までしたのに、約束の時間になっても俺の姿が現れないんじゃ「あぁ、あいつばっくれたな」と、見積もられて仕事も家も全部失ってしまいかねない。それはあかん。一大事だ。って焦ってもどうしようもない。

電車は一向にスピードを上げない。頼むぜおい。どうにかしてくれよ。

ここで俺はひらめいた、人の力を借りよう。自分じゃどうにもならないことなんて、たくさんあるんだ。

「エクスキューズミー、プリーズヘルプミー」渾身のジェスチャーと片言の英語で、隣の席にいたおばあさんに電話を渡した。

その電話はもうファームのマネージャーアンドレアにかかっていた。

おばあさん、頼むわ、この電車遅れていてバンダバーグに着くの遅れそうなんだって伝えてくださいって祈りながら電話の行方を不安げに見てた。

おばあさんが受話器口でなにやらアンドレアと話している。

今ならわかるけど、この時の俺の英語能力じゃ到底理解できない。

少し経って電話が終わると、もう大丈夫よ的な顔して、おばあさんが俺に電話を返してくれた。

感謝しかない。見知らぬ人でもすぐに助け合える。

今度は俺も誰かを助けたい。

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電車は予定時刻よりも2、3時間遅れてバンダバーグ駅に着いた。
農場の街は暗くて妙に静かだった。

少ししたら、幸いにもアンドレアが現れて俺をシェアハウスまで送ってくれた。

初めて訪れる土地、それに加えて夜の中、僕はとても不安でアンドレアに話しかけるも何言ってんだかわからない状況。

それでも前に進むんだ。恐いけど。行かねばならない。

駅から車で走ること数分。住宅街の中に僕が住むことになるシェアハウスはあった。そいつは大きくて、一般的なオーストラリアの田舎の家って感じだった。

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あの頃は毎日が戦いだった。毎日自分の大切な人達のことを想って暮らしていた。

今の僕はどうだろう。インドにいる僕。瞑想を受けるまでの時間をどうにかして潰そうと考えてる。帰りの飛行機のチケットはもう手元にある。
正直に言うと、もう僕は日本に帰りたくてしょうがない、早く新しい生活を始めたい。それがどういうものになるのかは今の僕にはわからないのだけど。どうにかしてもがいて、また一からやっていきたいと思う。
幸せってのは一体なんだろうね。どうしたらなれるもんなのか。いつまでも追っていくのかな。
俺は遠いところまで旅しに来てしまった。ネパール、インドと興味本位で来てみたけど、実際来るとなかなか辛い。心が辛くてたまらない。出来るだけ早く日本に帰りたい。世界30カ国旅したからって何が変わるってもんでもない。ぼんやりとしていた「世界」ってイメージが少しリアルに感じることが出来るようになったくらいだ。
今は暑さと、体調の悪さとで大切な人を思いやれてない。心が潤いを求めているんだよ。お前が書くから、それは十分伝わっているよ。
「あつい」すぐにこの言葉が出る。集中が出来ない。インド。ここに俺は修行に来ているわけじゃなく、旅を有意義に過ごしたくて来ている。でもそう簡単にはいかないらしい。
はたから見れば俺は人生を楽しんでそうに見えるかもしれない。でもさ、全然そんなことないよ、一緒だよ。
何が好きでこんなに長く旅をするの。安定した生活を手に入れて、結婚して子供を育ててっていう生活をしている友達はたくさんいるよ。
いつまでこうしてるんだ。なんだよ、ここにきてそういう返しするのかよ。ここまで、導いてきてくれたのに。このままいくよ。でも、もっとまっとうに生きるよ。
最高の人生だったよ。

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バンダバーグの話に戻ろう。俺はこの時期がとても好きだ。

今でも、いや、今になったからかもしれない。

この時期この「ファーム」で起こった全ての事、共に過ごした仲間達。一日一日の濃い時間。全てが宝物で、夢に見ていたことだったんだ。

日本を旅していた時に会った人たちが楽しそうに話していたことを経験できた。今だにあれは夢だったんじゃないかって思える程、充実していた毎日だったんだ。

俺の過去は夢なんだ。きっとそうで、これからもそうであれば嬉しいんだけど、そんなこと誰にもわからないよな。

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ふとした隙に「フェイスブック」やなんかのSNSをつい見てしまう。今でもこんなに自分の旅をし続けていても他人というものが気になってしょうがない。

どこまで行けば周りを気にせずに生きていけるのか。

バンダバーグの時代はさっきも書いたけど、本当に好き。一番熱込めて働けていた。

初日、もう夜の8時を回っていたと思う。一緒に働くメンバーと出会った。

日本人で働き者のとしくんと、スウェーデンから来てる、ジェスパーと、あぁ。残念だよ。もうすっかり忘れてしまったよ。僕が思い出そうとしてこなかったからだ。あんなに働き者だった、あいつのこと忘れたんだ。

後は足を怪我してて、俺と入れ違いにファームを離れるベンってのがいた。あぁ、なぜそいつの名前は覚えてて、彼の名前は忘れてしまうんだろう。

僕は四人部屋に通されたんだけど、そこにはベンしかいなかったから、僕は下のベッドを使うことが出来た。部屋は少し広くて、棚もクローゼットも窓もあって、いい感じだったんだ。

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ここから新しい生活が始まるんだって思うと、わくわくしてきてさ、アンドレアから渡された契約書や、もろもろの書類もなるべく早く書かなくちゃいけなくてさ、書き込もうとしたんだけど、一度にいろいろなことが起こるものだから頭も体もおかしくなっちゃってさ、生まれて初めてかもしれない。めまいがして、頭は冴えているのに、体が言うこと聞かなくて、床にバタンと倒れてしまったんだ。
倒れかけている時も、見えていたんだ。あれ、俺今から倒れる。こんなことって、そういやなかった。

あれ、あったかも、あれは小学校低学年の時、夏休み明けの全校集会の時、体が急に冷えてきて倒れちゃったんだ。でも、今回のはそれと違うんだ、明らかに頭をフル回転させたからってのが当てはまると思う。

書類は全部英語で書かれていたからわかるところだけしか書けなくて、翌日アンドレアに聞くことにして心を落ち着かせた。

ようやく立てるようになって、イスに座って状態が良くなるのを待った。

このバンダバーグの初日だけでこんなに書くのか、もっと最高な時間、最高な思い出もあったのに。俺は遠回りしてんだなぁ。一人で、ぐるぐると。

もっと自分の思い出を分け合いたいんだ。それが叶うまでは生きなきゃなぁ。

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翌朝は朝5時に起きた。初めての「ファーム」の仕事が始まる。

ご飯も全部自分で用意して、弁当も作る、そして朝6時には迎えが来てみんなで出掛ける。なんといってもスパルタだ。とても厳しかったのを覚えてる。この時だって修行だ。でもそれを越えれば、明るい未来が待っている。この時の希望ほど眩しいものはない。

今はどうだろう。インド。修行だ。でもこれを経た後、待っているのは、現実。「夢」はもう見られないのだろうか。金銭的な面。年齢。経てきた道のり。どうにか突破口を見出したい。
明日からは明日の事を書ける。愛おしいものばかりだ。
今もまだインドにいる、体の調子はだいぶ良くなった。昨日までお腹を壊していたんだ。足の付け根と、金玉の裏も痛かった。靴擦れみたいのを起こしていたんだと思う。
バンダバーグのことを書こうとすると、なんだか胸がジーンと来るよ。懐かしいなぁ、でももう三年も前の事なんだ。
すべては過去に流れてってしまうんだね。

ファーム初日、何をすればいいのかもわからないまま仕事場に着いた。そこからはもう本当に肉体労働の休みないバージョンだった。電気工事の現場仕事を経験してたから何とかなったものの、そうでもなければ初日でもうやめたくなってたと思う。それくらい辛かった。とにかく「サツマイモ」ばかり掘り起こしていた。そしてそれをコンテナに詰めて、トラックが来たら、それに積み込む。コンテナがやっぱりやたらと重い。辛いなんてもんじゃない。

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初日からなんてハードワークなんだ、体はついていくのに必死だった。その後、筋肉痛もやってきた。シップを張ったり、クリームを塗ったりマッサージしたり、筋トレをしたり、出来ることは何でもやった。

本当はすぐにでもやめようと思った。でも、自分で決めた目標があった。

ファームで三ヵ月間働いて、「セカンドワーキングホリデービザ」を申請すること。そうすれば少なくとも二年間は海外に住める。英語も上達するに違いない。ここまできて逃げ腰になっている場合じゃない。

最初の一週間は本当に辛くてやめたかった。

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ブリスベンでのことを思い出したりして、たまに彼らと連絡とったりなんかしていたから、すごく寂しかったけど。留学中みたいに、街での呑気なライフを俺も送りたかった。でも耐えた、堪えた。

最初の週の日曜日、ヒデがゴールドコーストからやってきた。ヒデもファームの仕事探していたから俺が呼び寄せた。

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一人でも「仲間」が多い方が続けることが出来ると思ったんだ。一緒に買い物とかして翌週からのハードワークに備えた。
ヒデも辛そうだったけど、頑張ってやっていた。

その週には新たなメンバーがやってきた。イングリッシュのロイド、そしてカナディアンのベンは出ていった。

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その次の日には、イタリアンのルイージも来た。それから、スコティッシュのマーリー。まさに怒涛の一週間。

毎週土曜日、僕らはシェアハウスの庭でみんなでBBQをしながらお酒を飲んでカードゲームをやった。それがこの時の一番の生きがい。

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日曜日は唯一の一日休みだったから、のんびりと気ままにヒデと街に出たりしながら過ごした。

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あぁそうだ。この日、とし君はバンダバーグを離れてゴールドコーストへ向かっていった。俺達が出会ったバックパッカーハウスを教えてたら、後日そこで半分暮らしてた、しん君と落ち合って意気投合したみたいだった。
なんか嬉しかった。人と人との繫がりがこうやって、爽やかに行えるってのはいいことだよなぁ。



編集後記

はい。ありがとございました。

僕の農場での生活を綴っているバンダバーグの思い出。

もう本当に濃密な時間を過ごさせていただきました。頑張って本当に良かったです。最初の一週間はかなりきつかったけど、慣れてくると不思議なもんで、農業訓練のように捉えて、家帰ってからも筋トレして仕事を迎えに行くようになっていったんです。

体作ったもん勝ちです!!


今回は少し長かったですね。次回はさくっと3月の話をふわっとお伝えしていきます。もう、毎日農場で働いていました。

仕事にも慣れてきてシェアハウスに住むみんなともだんだん仲良くなっていって、本当に楽しくなってきた頃の話。

バンダバーグにはたくさんの農場があるんだけど、俺達はオージーのファームに直で働いていたから時給が良くて、稼ぎが良かったんだ。

後で聞いた話だけど、周りの日本人バックパッカーズハウスとかだと、そこで一旦紹介料みたいのが発生しちゃうから時給は低くなっちゃうらしいぜ!! 安易な所に流れないようにしとこうな!!


今日は、何かあるかな。そうだバンダバーグと言えば、『バンダバーグラム』と言うお酒が有名だ!! 俺達も飲んだ。おいしいよ。

コーラを入れて飲んでたから、バンダバーグラムコークかな。

アソろうとしたのに、Amazonにない!! Why!! 

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画像だけ貼っておきます。お酒がお好きな方はぜひお試しください。

オーストラリア好きな方は知ってるかな。なんか、甘くて美味しいよね。

気楽にスキしていってくださいね。

僕もあなたのnoteに遊びに行かせてください!!

そういうことです!! また次回お会いしましょう。

よろしくお願いします!!

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光の中を旅してた
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