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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第一章「小猿米焼く」 中編 14

「山背様こそ、大王になられるに相応しいお方なのです。宜しいですか、貴方様は、父の、厩戸様の血を引いているのですよ。何を恐れる必要がありましょうか」

 舂米女王は、真っ直ぐに山背王の目を見つめた。彼は、その目をまともに見ることはできなかった。

「私の目を見てください。30数年前、先の大王が、ご自身の息子である竹田皇子を大王に就けんがために、我らが父は大王にはなれませんでした。そして、そのまま亡くなってしまいました。我が一族から大王を出すことは、父の、いえ、この上宮王家の悲願なのですよ。それを、国政に参加した経験があるからといって、田村皇子ごときに渡すことはできません」

 叱られているのだが、山背王はその声を聞いて、不思議と心が落ち着いた。

 まるで母親に叱られているようだ。

「その通りです、山背様。この摩理勢にお任せくださいと言ったではないですか」

 摩理勢も、胸を張って強い口調で言った。

「そうだな」

 二人の言葉を心強く思ったのか、山背王は頷いた。

 白瀬仲王だけは、ひとり沈黙を守っていた。

 大広間の方から、二人の足音が近づいてくる ―― 三国王と和慈古だ。

 彼らは、重臣たちからの返答を受けて帰ってきた。山背王に、大王の言葉の内容と、それを誰が漏らしたのかは分からぬという重臣たちの返答を伝えた。
それを聞いて激怒したのは、山背王であった。

「なんだそれは! 大王は私に、『良く群臣の意見を聞き、従がえ』などと仰せられてはいないぞ。『お前は年若い。注意して発言せよ』と仰せられたのだぞ。何を考えておるのだ、豊浦は! ええい、私が、直々に問い質してやる!」

 山背王は、立ち上がると、いまにも大広間に向かわんとする勢いであった。

「お待ちください」

「山背様、落ち着きください」

 今度は舂米女王と摩理勢のほうが慌てて止めに入った。

「山背様、次期大王となられるお方が、そんなお姿で臣下の前に出られてはなりませぬ。ここは、この摩理勢にお任せください」

 彼は山背王を宥めると、代わりに大広間へ向かうおうとした。

「境部臣、お待ちください。ここは私が参りましょう」

 いままで静観していた白瀬仲王がすくりと立ち上がった。

「いえ、白瀬仲様のお手を煩わせることではございませぬ」

「いいえ、構いません。私が行きましょう。それに、重臣たちに訊きたいこともありますので。三国王、桜井臣、付いて参れ」

 三国王と和慈古を引き攣れ、大広間へと向かった。

 山背王は、激しく腰を降ろした。

 その様子を、舂米女王と摩理勢は心配そうに見ていた。

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