見出し画像

電脳虚構#1 | セーブポイント

西暦21XX年

「令和」と呼ばれていた時代から、テクノロジーの進歩は加速するばかりだった。

「5G」という通信技術の飛躍的な向上が起因となり、AI、ロボット工学、インフラ設備など、ありとあらゆるテクノロジーが別次元へと進化を遂げた。

スマートフォンなどというものはなくなり、米粒一粒ほどのチップをこめかみに埋め込み、アイトラッキングとや脳波で全ての操作が可能に。

車も自動運転なんて技術などは、もう時代遅れ。

仕事も学校も全てリモート、レジャー各種・ショッピングもヴァーチャル化。
人と会うのにも家から出る必要もなくなり、世界から「交通」の概念が消えた。

それもそのはず、世界中の街の各所に無数の「ファストトラベル」が設置され、どこにでも手続きなしで、瞬間的に好きな場所に移動できるようになったからだ。

医療についても、難病・不治の病とされてたもの全てが「健康で正常な遺伝子データを上書き」することで治療ができるようになり、美容についても、同じ原理で若返ることも容易にできるようになった。

その代わりに見た目で年齢を判別することは容易ではなくなった。

人々が憧れ、想い描いていた「未来」の中に人類はいた。

「あることをのぞいては・・・」

「未来のテクノロジー」のもっとも人類がなし遂げたい夢。

タイムマシンである。


人体を分子レベルでスキャンし、その情報を転送した「ファストトラベル」は可能。

過去の映像を「ライフログ」というかたちで記録、それを追体験し
擬似的に仮想空間で「過去をやり直す」ことも可能。

未来も同様に「何日先、何年先の未来」を予測・解析し、そのデータを基に仮想世界を構築。
それを現実さながらに体験することも可能になった。

しかし、これだけテクノロジーが進化しても、介入できないもの。
それは「時間」だ。

現在の時間のあらゆる情報を、どれだけ詳細にスキャンし、解析を行ったところで
そのデータを過去や未来に送ることだけは不可能。

「時空」という概念を、具現化できる科学者はいまだ一人も現れていない。

とうの昔に「未来」は来ているのに「机の引き出しからネコ型のロボットがでてくる未来」は、まだ夢のままだった。


そんな未来の医療。その進化は格段に素晴らしいものだった。

かつては「健康診断」と言われていたもの。
これは身体に埋め込まれたチップが自動的に「人体データや遺伝子・記憶中枢」のなどをスキャンし、医療サーバーに送信される。

人体に異常があれば、部分的に正常なデータへと細胞レベルで上書きするという技術。
この工程ですら、すべて自動。自分が病気をしたことすら、気がつかないまま完治していることがほとんどだ。

このパーソナルデータは国で全て管理され、いまでは全世界の98.7%の人のデータが毎日更新されている。

ある時、事件が起きた。
国の医療サーバーがハッキングされ、ウィルスに感染したパーソナルデータが世界中の人々の人体へと送信・上書きされてしまった。

「令和」の時代に、世界中を巻き込む程の大きな疫病が発生したという記録がある。
今回の事件は、その比ではないほどの大規模な被害がでてしまった。

その事件をきっかけに、パーソナルデータについての権限が大きく変わることになる。

クローン技術など、もう既にローカルなテクノロジーなようで「倫理的問題」についてはいまだ解決がなされていなかった。

これは主に「クローンとオリジナルの二人の同じ人間」は、同時に存在してはならないというもの。

そのハッキングをきっかけに、人体のバックアップとして「クローンの権限の所有」を認めるという動きにかわった。


この世界の個人のデータ、すなわち世界の中の個人の行動記録、世界との関わりは全て情報で管理されている。
このクローンのバックアップを用いて、セーブポイントを作ることで、現在までのデータを抹消し、セーブポイントからやり直すことが可能になった。

大事な試験の前、失敗できない大きな仕事など、人々はその直前にセーブポイントを作ることで、何度もやりなおしをするようになった。

タイムマシンで過去に戻って、過去をやり直すことが叶わなかった人類へ、テクノロジーからの最適解はまさにこれだった。

バックアップ側のクローンに、オリジナルの記憶の一部の持ち替えることで

「現在から、過去にタイムスリップしてきた自分」
「現在という名の”未来”を体験してきた、過去の自分」

その二つの自分が、記憶の中に共存していることになる。

これは「概念」としてはタイムリープと同じものである。
あくまでも「いち個人」としての時間軸でしかないが、現在のテクノロジーではそれが限界だった。


クローンに移行する際の技術は「ファストトラベル」技術とほぼ同じである。

現在地である「A」地点で、人体を完全にスキャン、そのデータを
目的地である「B」地点に転送。そのデータを基にクローンを生成する。

「A」地点のオリジナルは、その瞬間に分子レベルで分解されその場で空気のように消滅する。

それが「ファストトラベル」。
すなわち”瞬間移動”のからくりだ。


セーブポイントも、バックアップクローンに移行完了した後、現在のオリジナルは同様に消滅する。
つまり「同時に同じ個体は存在しない」ことになる。

18歳未満については、個人の判断でセーブポイントを使用する権限はなく、基本的にその親が権限を所有できるようになった。

その国の決定により、子育ての概念が一変する。

子育ては「セーブポイントありき」で行われる。
親の期待にそぐわなかった場合、やり直し。
ちょっとでも、親に反抗的な態度をとったら即、やり直し。

ゲームのように、リセットとロードをくり返す子育て。

子離れできない親は「成長してほしくない」と、幼少期だけを何度もロードをくり返した。

世界中の親が、我が子に対して何度も何度もリセットをするのが当たり前になった。

特に18歳の目前で、親から権限が無くなる前に「もっといい子に育てられたかもしれない」と判断を強いられる。
それによって、18歳を迎えずリセットされる子供が後を絶たなかった。

その弊害で「新しい大人」が育たず、世代交代のない時代へと変革していくことになる。

旧世代の大人も、そのバックアップクローンの技術により、事実上の不老不死となったため「大人は大人のまま、子供は子供のまま」の世界が誕生した。


そしてその世界は・・・・いま・・数百・・年の・・

・・とき・・が・・世界・・せ・・


ガチャ。


その時、背後の扉が空いた。

気まぐれな空調が異様な音を立てている、むさ苦しい部屋。
汗ばみ、身体にへばりつくヨレヨレのTシャツ。

引き戻されたくない現実へ、帰ってきてしまった。

なんだ、親か・・またどうせ、小言でも言いに来たんだろう。

ぼくの「未来」を台無しにしやがって。

「いま、小説がいいとこなんだ、出ていってくれよ。」

ぼくは振り返りもせずに、できる限りの不機嫌な声を放った。

「あんた、また昼間っから部屋に閉じこもって、くだらない小説ばっかりかいて」

母親はいつもこうだ。僕の才能をなんだと思っているんだ。

「そうだ!学校にも行く気ないのなら、どっかにでて働くとかしろ!」

父親も顔を合わせるといつも同じことしか言わない。

こんなつまらない親なら、いっそリセットしてやり直して欲しいもんだ。

「ちょっと、ほっとおいてくれないか!メーワクなんだ、僕には僕の人せ・・いが・・じ・んせい・・が・・」


その瞬間、視界が真っ暗になった。

全身の力が抜け、椅子から崩れ落ちた。
・・そして耳の奥で何かが聴こえる。

---データ  転送中---
 ---データ  転送中---

薄れゆく意識の中で、微かに両親の声がきこえた。

「また失敗だったな、お母さん」
「今度は小学生からやり直してみましょ、お父さん」




☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★
「がくわりらぼ」
学生のミライジャーナル
👉 https://hnrc-official.com

 ひなた@Twitter
👉 https://twitter.com/HNRC_official
 よろしかったら遊びに来てください ♪
☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆☆★☆

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集