暇人33号のふるさと、北海道は十勝、帯広市について語る(その3)
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みなさんごきげんよう。暇人33号です。
皆さんは、毎月20日は「ワインの日」である事をご存知でしたしょうか?筆者はつい最近そのことを知りました。
「ワインの日」とは、1994年に日本ソムリエ協会が制定したものです。フランス語ではワインの事を「vin(ヴァン)」と呼ぶそうなのですが、それが同じくフランス語で20を表す「vingt(ヴァン)」と似ているため、フランス語の20とワインを掛けてワインの日と制定された経緯があるそうです。
さてそんなワインですが、十勝地方でワインと言えば、十勝ワインがまず1番初めに挙げられます。
今回は暇人33号のふるさとを語る第三弾、十勝ワインのお話をしようと思います。もう今月の20日も過ぎた上に、帯広市ではなく池田町のお話になってしまいますが。一応、十勝管内なので、十勝全体が筆者のふるさと、と言う事でご理解ください。
それでも宜しければ、ご覧ください。
十勝ワインとは
十勝ワインとは、十勝の池田町にある池田町ぶどう・ぶどう酒研究所という公営団体が製造しているワインです。
地元のワイン企業ですが、調べてみますとなかなか波瀾万丈な経緯を辿った企業であることがわかりました。本項では、Wikipediaや十勝ワインの公式ページなどの情報を引用しながら、どのような企業なのかをお話ししていきます。
沿革
時は1952年、十勝沖地震が発生します。さらにそこから二年連続で冷害にみまわれ、十勝の基幹産業である農業が大きな被害を受けます。当然十勝管内に属する池田町も例外ではなく、安定した産業基盤の必要性を感じたそうです。
そして数年後。十勝日日新聞の編集長を務め、のちに日本社会党に入党した、池田町出身の丸谷金保氏(1919〜2014)が1957年に町長に就任すると、1960年に「新農村建設事業計画」を策定します。
1962年には、「池田町農産物加工研究所」を設立して、町内に自生するヤマブドウの調査・研究を行います。翌年には、全国の自治体で初となる「酒類試験製造免許」を取得します。
また、ロシアのハバロフスクにある極東農業研究所において、池田町に自生するヤマブドウがワイン作りに適した品種であると断定したことから、ワイン作りに拍車がかかります。
1964年に、「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」を設立します。ここから本格的なワイン製造が始まります。販売当初は日本は甘口のワインが主流で、辛口ワインである十勝ワインは非難されることもあったそうですが、洋食が一般的になると高く評価されるようになります。
ワインの販売が三年目で飛躍的に伸びて、これまでの設備では製造への対応が難しくなります。そこで当時の建設費六億三千六百万円を全て起債(※1)で賄って十年償却することで、1974年に通称「ワイン城」が建設されます。
このワイン城は、数度の改修工事をされながら、現在も池田町に存在しています。外観が極めてお洒落で写真映えもする、池田町の名観光スポットとなっています。
池田町ブドウ・ブドウ酒製造所のすごい所
十勝ワインを製造する、池田町ブドウ・ブドウ酒製造所のすごい所は、当時の池田町長であり、十勝ワインを開発した故・丸谷金保氏だけではなく、地域住民と自治体が主体となって加工・製造・販売を手がけ、外部資本の介入を許さなかった所にあります。
丸谷氏が町長に就任した当時は、町は先述の冷害の影響もあり慢性的な財政赤字に陥っておりました。財政危機を救うために丸谷氏は立ち上がり、地域住民も巻き込んでワイン事業を推し進めたのでした。
↑「ワイン町長」とも呼ばれた、故・丸谷氏を窺い知ることのできる興味深い情報がありましたので、添付しておきます。
感想
地元の十勝管内の公営団体にも関わらず、あまり十勝ワインを製造する「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」についてほとんどわかっていませんでした。
調べると丸谷氏や地域住民がいかに努力してきたかを知ることができました。また、俄然十勝ワインを飲んで、応援したい気持ちになりました。
最後に
如何でしたでしょうか?
今回は「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」のお話でした。
暇人33号のふるさとを語るシリーズ、次回はその3.1ということで、筆者が購入した十勝ワインのレビューを行いたいと思います。
とはいえ、筆者はソムリエの資格は待っておりませんので、完全に素人目線のものとなることをご了承くださいませ(と書いて逃げ道を作る😅)。
(スーパーに務めている時に取得した、ジュニア野菜ソムリエの資格はあるんですけどね、関係ないんですけど😂)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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それでは、今日はこの辺で😊。
また会いましょう🤗。
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